2017年11月30日

<リレー時評> 出版界考現─二つの挑戦とヘイト本=守屋龍一

 今から62年前、吉野源三郎さんは55歳で、私たち日本ジャーナリスト会議の初代議長に就いた。
 彼は、若かりし38歳の1937年8月、新潮社より『君たちはどう生きるか』を刊行している。盧溝橋事件が勃発する1カ月前だ。以降8年、日本は戦争へと突っ走る。
 中学生の「コペル君」が、学校での仲間外れ・いじめなどに直面しながら、自己中心の世界観から抜け出し、広い視野で人間として生きる指針を得ていく物語だ。

 この名著が80年ぶりに、初めてマンガ化された。マガジンハウスから8月24日に刊行。発売2カ月で43万部、11月末の今や60万部を超えたという。
 吉野さんの思いが、マンガ化により、今の時代状況や社会の息苦しさの中で生きる、若い人たちやその親たちに訴えかけ、共鳴し合うのだろう。

 長江貴士『書店員X』(中公新書ラクレ)も示唆に富む。昨年、盛岡市を中心に10店舗ほど展開する「さわや書店」が仕掛けた「文庫X」なる謎の本が日本中を席巻。
 表紙をオリジナルの手書きカバーで覆い、タイトルと著者名を隠すという常識破りの試みが、全国650を超す書店に広がり、30万部突破のヒットとなった。
 この企画を進めた著者は、「書店員の私が、ぜひ読んでほしい本を、いかにして手に取ってもらうか、その一念で挑戦した」という。奇想天外な「文庫X」の正体は、清水潔『殺人犯はそこにいる』(新潮文庫)であった。
 冤罪告発に執念を燃やす著者の迫力、これに呼応する書店員が編み出したコラボレーションの、実り多い成果だ。

 2017年出版界の売り上げは1兆4千億円がやっと。1996年のピーク時2兆6563億円に比べ、20年間で半減。書店数も半減の1万店を割る。書店ゼロの自治体・行政区は420、全体の2割に及ぶ。
 こうした出版界の現実を、少しでも切り拓こうとする、ユニークな挑戦の2例である。

 だが売れれば、なんでもいいのか。ケント・ギルバート『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』(講談社+α新書)など、ヘイト本が大手を振って店頭を飾る。担当編集者は、業界誌のインタビューに「欧米人の書いた反中国・反韓国本だから、日本人に受け入れられた」と、人種・民族差別など一顧だにせず答える。
 「出版は文化ではなくビジネスである、と開き直るようでは、もはや〈牛に対して琴を弾ず〉なのか。全ての出版人に問いたい」(リテラ・宮島みつや)と痛烈な言が飛ぶ。

 ジュンク堂難波店店長の福嶋聡さんは、自著の『書店と民主主義』(人文書院)で、「NOヘイト!」「自由と民主主義のための必読書50冊」フェアへのクレーム攻撃や中止問題などについて考察しつつ、「政治的〈中立〉を装って、売れれば全て良しとし、本を作り売る者の責任・見識・矜持まで放棄するのは許されない」と、強調している。

posted by JCJ at 11:00 | 政治・国際情勢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする