2018年09月06日

《リレー時評》翁長氏 民主主義を守る闘い貫いた=與那原良彦(JCJ沖縄世話人)

 8月8日に亡くなった沖縄県知事の翁長雄志氏への取材で、今も鮮明に浮かんでくるのは2013年の「オスプレイ撤回・東京要請行動」の銀座でのデモの時の唇を真一文字に嚙み締めている顔だ。デモの先頭に立つ翁長氏らに街頭から「売国奴」「琉球人は出て行けない」など口汚い罵声が浴びせられた。デモ後に「お疲れさま」と笑顔で声を掛けられたが、目は笑っていなかった。
 その騒ぎに目を向けずに普通に買い物をし素通りをしていく人々に、翁長氏は驚いたという。過重な米軍基地の負担に苦しめられる沖縄に対する無理解と無関心に直面した瞬間だった。

 翁長氏が膵臓ガンに侵されながらも、名護市辺野古への新基地建設反対を貫き、「あらゆる手段」を用い、建設阻止に命を懸けた。最後の切り札とされた埋め立て承認撤回を表明した7月27日の会見には病でやつれた姿で現れ、声を振り絞って「必ず撤回する」と訴えた。その12日後、生きる気力と体力をすべて使い果たし旅立った。理不尽な基地負担を拒否し、命を削るように、政府と対峙し続けた壮絶な人生だった。

 翁長氏を駆り立てたのは何か。「沖縄戦で軍事占領した土地に普天間飛行場を造り、そこが危険になったからほかの土地をよこせ、というのはおかしい」という怒りだ。そのやり方を「日本の政治の堕落ではないか」と迫った。子や孫の世代まで残る新基地建設を拒み、県民に勇気と誇りと自信を持ってもらいたいという使命感があった。沖縄だけではなく、日本の地方自治と民主主義を守る闘いであった。
 基地を抱える市町村長と意見交換した参院議員の1人は「本土が嫌だと言っているんだから、沖縄が受け入れるべきだろう」と発言した。米軍機の相次ぐ事故などが取り上げられた今年1月の衆院本会議の代表質問では、自民党の松本文明・内閣府副大臣(当時)が「それで何人死んだんだ」とやじを飛ばした。

 翁長氏は基地建設を強行する安倍政権だけではなく、本土側の無理解と無関心と闘った。承認取り消しを巡る法廷の場でこう陳述した。
「政府は民意にかかわらず、強行している。米施政権下と何ら変わりない。日本に地方自治や民主主義はあるのか。沖縄のみに負担を強いる安保体制を正常か」

 承認撤回表明後の3日間を調べると、社説で取り上げた全国紙・地方紙は10数社しか確認できなかった。関心が遠のく中、翁長氏の死によって基地問題がクローズアップされることになった。
 翁長氏が亡くなった日に届いたメールの一つには「政府に殺されたようなものだ」とあった。政府の強硬姿勢を許しているのは国民の無理解と無関心だ。その責任の一端は、ジャーナリズムの現場に関わる我々にもある。沖縄だけに基地を押しつける不条理が続くことは、「ジャーナリズムの堕落」といわれかねない。

posted by JCJ at 10:00 | <リレー時評> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする