2018年12月19日

【国内情勢】 安田純平さん解放で再噴出 安易な「自己責任論」に決別を=編集部

シリアで武装勢力に拘束された安田純平さんが10月25日、約3年4ヵ月ぶりに生還した。消息が途絶えた15年6月は同年1月のIS、後藤健二さん殺害から間もなく、安否が心配されていた。それだけに困難な状況に耐え抜き、生き延びた安田さんの無事を心から喜ぶ。

だが、日本では、14年前の2004年「イラク3邦人人質事件」で吹き荒れた「自己責任論」がまた噴出した。安田さんがこの事件直後にも拘束され、3日後に無事解放された経歴がことさら強調されるなど不毛な極論が飛び交った。「国が行くなと言っているのに行ったのだから自業自得。助けなど求めるな」「国に迷惑をかけるな」「身勝手に我々の税金を使うな」等々だ。

今年夏、ネット公開された拘束映像で「私の名前はウマルです。韓国人です」と不可解な安田さんの発言が流れると、今度は「安田は在日」「反日だ」とヘイトと結びついた反応も飛び出した。解放の前後には、「何度も捕まってる人間の救出に何億も出すのはおかしい」「身代金がテロリストの活動資金になり、今後、より多くの人命が危険にさらされる」「身代金目的の自作自演だ」説まで飛び交った。

しかし、こうした言説に根拠はなく、勝手な憶測と一方的な決めつけによるものでしかない。

「自己責任」は元々経済用語。その使い方を「身勝手だ」「政府に迷惑をかけたことを謝るのが先だ」と被害者の「自己責任」にすり替えたのは、04年の事件でイスラム過激派からの自衛隊撤退要求に窮した政治家だった。そして今、自己責任論は政治権力といびつに結びつき、貧困や過労死をはじめ社会的・政治的問題の公的議論を封じ込め、「気に入らない」相手を攻撃する魔法の杖と化している。それは極めて危うい。

安田さんは帰国後、日本記者クラブや日本外国特派員協会で記者会見し、自らの言葉で事実確認なしの「自己責任論」の空疎さを浮き彫りにした。

今回はあの産経新聞でさえ「危険を承知で現地に足を踏み入れたのだから自己責任であるとし、救出の必要性に疑問をはさむのは誤りである。理由の如何を問わず、国は自国民の安全や保護に責任を持つ」(10月25日付社説)との見解を示した。

安易な「自己責任論」と決別し、ジャーナリズムやジャーナリストの役割について議論が深まればと願う。

(編集部)

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年11月25日号
posted by JCJ at 11:06 | 政治・国際情勢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする