2018年12月20日

【国内情勢】 植村裁判・札幌訴訟 控訴へ 争点の「捏造」問わず 櫻井氏のズサンな取材を免責=中野広志

 元朝日新聞記者の植村隆氏がジャーナリスト櫻井よしこ氏と出版3社を名誉毀損で訴えた訴訟の判決言い渡しが、11月9日午後、札幌地裁であった。判決は植村氏の敗訴だった。植村氏の請求(謝罪広告の掲載と損害賠償の支払い)はすべて棄却された。植村氏と弁護団は判決直後の記者会見で「不当判決だ」と語り、控訴する方針を明らかにした。

身売り説に疑問符
 植村氏にとってはきびしく苦い判決となった。ただ、植村氏の名誉が毀損されたことまでが否定されたわけではない。判決は、櫻井氏の書いた記事は植村氏の「社会的評価を低下させた」とし、名誉を傷つけたことは認めた。さらに、櫻井氏が繰り返し主張してきた「人身売買説」(元韓国人慰安婦の金学順さんは継父によって人身売買され慰安婦にさせられた、という事実)については「真実であると認めることは困難である」と明確に判示した。櫻井氏の主張の最大のポイントである「人身売買説」に裁判所が疑問符を呈したのである。
 しかし、それでもなお、判決には大きな問題がある、と言いたい。とくに櫻井氏を免責にした理由である。判決は、名誉毀損だと認めた記述について、「真実だと信じるについて相当の理由がある」、つまり「真実相当性」が認められるとして、櫻井氏の責任を免じた。

「訂正」は櫻井氏側
 裁判例では、「真実相当性」が認められるには、「信頼できる合理的な資料」と「客観的な事情」が必要とされる。では、判決はどんな「資料」を重視したか。それは、櫻井氏が読んで引用したという韓国紙、月刊誌、金さんの訴状の3つである。しかし、裁判の過程では、櫻井氏の引用には間違いや恣意のあることが多数指摘された。つまり、櫻井氏の主張の根幹をなす資料の使い方は「合理的な」とはいいがたい。
「客観的な事情」とはなにか。櫻井氏の取材や調査の杜撰さは、本人尋問で決定的に明らかになった。櫻井氏は一部誤りを認め、櫻井氏の文章を掲載した産経新聞と月刊誌「WiLL」は訂正掲載に追い込まれた。櫻井氏には、取材を尽くし、資料を読み込む十分な時間がなかったわけではない。つまり、資料や関係者が現存せず、大急ぎで書かざるを得なかった、というような「客観的な事情」にも欠ける。

公平さ欠く論法
 ところが、判決には櫻井氏の読解力を「一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈しても不自然なものではない」と評価するくだりもある。櫻井氏はジャーナリストを自称する言論人であり、一般読者ではない。このような論法は、公平さを欠くと言わざるを得ない。
 櫻井氏の植村批判が杜撰な取材によって組み立てられていることは、2年半に及んだ審理で明らかになっている。しかし、皮肉なことに、判決も緻密さを欠く論法で櫻井氏を免責したのである。そして、最大の争点であった「植村記事捏造」が真実かどうかは不問にした。

差別と憎悪を拡大
 判決直後に出された弁護団声明は、「本日の判決は櫻井氏がジャーナリストであることを無視して、櫻井氏の取材方法とそれによる誤解を免責するものである」と指摘し、「これを敷衍すれば、言論に責任を負うべきジャーナリストと一般読者を同じ基準で判断することは、取材が杜撰であっても名誉毀損が免責されることになり、到底許されるものではない」と厳しく批判している。
 ジャーナリストが負うべき責任のハードルは下がった。これからは、杜撰な取材でも免責されるのだ! よもや、この判決をそのように誤読するするジャーナリストはいないだろう。しかし、ネット世界で日夜、差別と憎悪を拡大するメッセージを発し続ける人たちには、勇気と希望を与えただろう。
 判決直後の記者会見で植村氏は「悪夢のような判決です」と悔しさをにじませた。現実がいよいよ悪夢に近づいているということだろうか。

中町広志(元朝日新聞記者)

植村裁判とは=櫻井よしこ氏と西岡力氏(元東京基督教大教授)は、植村氏が朝日新聞記者だった1991年に書いた元韓国人慰安婦の被害体験の2本の記事を「捏造だ」と決めつけ、櫻井氏は四半世紀近く経った2014年4月頃から新聞、週刊誌、月刊誌、テレビ、ネット上で執拗な「名誉毀損」攻撃を繰り返した。そのため、右派勢力の間でくすぶっていた朝日新聞の慰安婦報道に対する批判が激化し、とくに植村氏個人が標的にされた。植村氏と家族は長期間、脅迫やいやがらせを受け、物心両面で大きな被害を受けた。植村氏が教授就任を予定していた大学や非常勤講師を務める大学にも契約解除などの圧力がかけられた。このようなバッシングの中で、植村氏は2015年1、2月に東京と札幌で起こした。東京訴訟の被告は西岡氏と文藝春秋、札幌は櫻井氏と新潮社、ダイヤモンド社、ワック。被告側は「植村記事は捏造」の主張は崩さず、バッシング被害との関連は否定した。東京訴訟は11月28日に結審し、2019年春までに判決が出る見通し。

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年11月25日号
posted by JCJ at 14:09 | 政治・国際情勢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする