2019年01月29日

【NHK「天皇 運命の物語」】 「退位・即位番組」がはらむ危うさ 昭和天皇批判なおタブー=戸崎賢二

今年、天皇退位と新天皇の即位に向かって、テレビでは数多くのニュース、番組が放送されるだろう。おそらく「代替わりキャンペーン」とでもいえる様相を呈するに違いない。

その本格的な開始と思われる番組として、昨年12月23日と24日、2回にわたって放送されたNHK「天皇 運命の物語」第1話、第2話を見た。

この番組は4回シリーズで、第3話、4話は3月に放送という。

第1話「敗戦国の皇太子」は、「神の子」として侍従たちに育てられた天皇が、アメリカから教師として招聘されたヴァイニング夫人らの教育によって成長していく過程が辿られた。皇太子としてイギリス、アメリカを訪問し、かつての敵国から歓迎された歴史も組み込まれている。

第2話「いつもふたりで」は、前半で皇太子妃探しの時期から成婚パレードまでの記録、後半は皇太子夫妻として、災害被災者を訪問するなどの「公務」の開始期の記録をたどっている。とくに1975年、初めて沖縄を訪問したときの、火炎びんを投げつけられた事件を含むエピソードが詳しく描かれた。

この2本の番組は事実と証言でできるだけ客観的に描こうとしており、天皇夫妻を過度に賛美するものとは必ずしもなっていない。敬語が基本的に使われていないことでもそのような印象を与えている。

避けられた事実

しかし、この2番組には、注意深く避けられている事実がある。昭和天皇の戦争責任と沖縄との関わりである。

現天皇は、少年の頃から父である昭和天皇の影響を受けて育ったはずだ。

 ぼう大な被害者を生んだ戦争の開始を承認し、国体護持にこだわって降伏を遅らせた昭和天皇、この父の生涯について現天皇はどう考えていたのだろうか。この点は探索されていない。

 沖縄への強い思いから、11回にも及ぶ訪問があったことが番組で紹介された。この行為に、昭和天皇の有名な「沖縄メッセージ」が影響を与えていたかどうかも不明だ。

 昭和天皇は1947年9月、「米国の長期租借による琉球諸島の軍事占領の継続を望む」というメッセージをアメリカに伝えた。長期にわたる皇室と沖縄の関係を描くなら、この歴史的事実は無視できなかったはずである。

今回の番組でも昭和天皇批判がタブーであることを示した形である。

次代以降が心配

 番組は、皇太子時代の最初の沖縄訪問でのメッセージを紹介した。その内容は「沖縄戦における県民の傷痕を深く省み、……払われた多くの尊い犠牲は一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、人々が長い年月をかけて記憶し、ひとりひとり深い内省の内にあって、この地に心を寄せていくことを置いて考えられません」、というものであった。ここには、自らの訪問も「一時的」なものに過ぎないという内省が見られる。

言葉を発したのが皇太子であるかどうかを超えて、人間としてきわめてまっとうな意思表示であると感じる。

 第3話以降に扱われるだろうが、即位後、毎年の誕生日の記者会見では、

憲法を守ること、過去の歴史に眼を向けることの重要性が一貫して主張されてきた。2013年の会見では、日本国憲法制定時の人々の努力に感謝し、当時の「米国の知日派」の人々への感謝も述べている。

 誠実で善良な人間であればごく自然な発言と思えるが、政治的主張を禁じられた地位にあっては、ぎりぎりの決意を要したはずである。

こうした発言の集積は、当然、安倍政権の憲法にたいする姿勢への対抗軸としてとらえられるという現象を生んだ。

 しかし、天皇の発言を過大に評価し、政治効果を持つものとして期待する風潮には危うさを感じる。現天皇の発言のような内容であれば問題はないかもしれないが、これが次代以降、国粋的、排外主義的な天皇の「お言葉」であったらどうなるか。 

おそらく「代替わりキャンペーン」では、天皇への絶対的敬意を基調に、天皇制への批判はタブーとされるだろう。そうした番組群によって、天皇の地位や発言が重要度を増す空気は、戦前回帰の気配があり、危険である。

現在の象徴天皇制は建て前としては国民主権のもとにある。制度も天皇のあり方も、国民が批判を含めて自由に考えてよいことである。

視聴者は、この原則にしたがって「代替わりキャンぺーン」に冷静に向き合うことが求められる。

戸崎賢二(元NHKディレクター)

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2019年1月25日号
posted by JCJ at 11:11 | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする