2019年03月05日

《スポーツコラム》楕円球が生むW杯の絶妙な空気=大野晃

 ラグビーのワールドカップ(W杯)開幕まで半年に迫った。全国12会場では施設整備が完成を迎え、9回目で初めてアジアの日本で開催される4年に1度の世界一決定戦への意気込みを示している。過去8回の大会を現地で目の当たりにしてきたがスポーツの原点を見つめ直す好機である。
 
 ラグビーの魅力は、気まぐれに転がる楕円球を集団で制御して前へ運ぶことにある。阻むものとの不測の激突を結束して乗り越え、かわし、つなぐ。鍛えられた体と知恵と技術、そして精神力で結束を持続する。総合的人間力の競い合いだ。安全を求めてルール改変が進められたが、対戦者同士の協力とフェアプレーがなければケガが続出する危険な競技でもある。 
 競技者はもちろん観戦者もその全体を楽しむ。
 最高峰のプレーが集中するW杯には人間の営みに熱中する空気がある。 
 観戦者たちが自然に溶け込んでゲームの余韻に浸るのも特徴だった。国代表の勝利を喜び大騒ぎするが、排他的でないのは熱中したことの満足感があったからだろう。
 
 過去の大会では、南アフリカ・マンデラ政権の政治利用やテレビ放映権をめぐる商業主義的利用が目立つようになり、興行化が進んだが、競技者と観戦者が醸し出すW杯の空気に大きな変化はなかった。日本代表候補たちが夢の舞台へ懸命な努力を続けているのは、W杯の空気に浸りたいからに違いない。 
 会場の自治体などは外国人観光客の誘致期待が先行しているようだがW杯の空気が、人と人との根源的なつながりを再認識させそうだ。  
 大会興行の負担対策や巨大化した施設の大会後の有効利用策など難問山積だが、W杯の空気と人のつながりを重視した対応が求められる。
 興行が終わったら遺産処分では、W杯の空気は引き継がれない。
 マスメディアには日本の躍進を追うばかりでなくW杯の空気を伝える努力が不可欠だ。(スポーツジャーナリスト)
posted by JCJ at 18:32 | Editorial&Column | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする