慰安婦記事を「捏造」したとされた元朝日新聞記者植村隆さんの名誉回復を求める東京訴訟の行方が大きく揺れ動いている。昨年11月28日の最終弁論で結審し、3月20日判決の予定が原克也裁判長らの公正を妨げる異例の訴訟指揮で大幅に変更されたためだ。地裁は判決の1カ月半前に突然「弁論を再開する」と言い出し、被告の西岡力氏、文芸春秋社側に新証拠「吉田清治証言」関連証拠(朝日新聞社第三者委員会報告書全文)の提出を指示し、3月20日の期日を延期。新たに5月10日に弁論が再開されることとなった。
「捏造」はどっちだ
地裁が新証拠とする「吉田清治証言」とそれを報じた朝日新聞記事と植村さんは何の関係もない。全く関わってもいないのだ。だからこそ、この4年間にわたる法廷で「吉田証言」は争点にすらなってこなかった。改めて確認すれば植村東京訴訟は、植村さんが1991年に執筆した記事を巡ってのものだ。それは@元従軍慰安婦の経歴をもつ韓国人女性が初めて名乗りを上げ、自分の体験を証言し始めたことAその証言テープを入手し、内容を報じたものだった。被告西岡氏は、その記事を「意図的な捏造」等と誹謗中傷する言説を文芸春秋社出版物で繰り返してきた。そして、審理の中で争われたのも「(のちに自ら名前も明らかにした金学順さんが)『挺身隊の名で連行された』と証言したかどうか」であり、その過程で明らかにされたのは、植村さんを「捏造記者」と決めつけ、誹謗中傷した被告西岡氏自身が、自ら論拠とした金さんの訴状や証言、それを報じた韓国紙記事を引用する際、実際にはない記述を書き加えたり、その重要部分を無視するなどの「捏造」と言っても過言ではない行為を繰り返していたという事実だった(それらは本紙過去記事で具体的に参照できる)。
なぜ今「吉田証言」
ではなぜ今、「吉田清治証言」なのか。我々は、植村さんの名誉が毀損された事実を認め、西岡被告の「論」に丸乗りして櫻井よしこ被告が展開した「人身売買」説を「真実と認めることは困難」と判示しながらなお、争点の「捏造」を問わず、「慰安婦問題に関する朝日新聞の報道姿勢や…記事を執筆した原告批判」には「公益性が認められる」とした昨年11月の札幌地裁不当判決を想起せざるを得ない。歴史や事実に基づかず、今の流行におもねったあの「ネトウヨ」判決の論理が浮かびあがる。
沈黙は報道の自死
植村さんの記事は記者として当たり前の取材をし書かれたものだ。にもかかわらず、のちのご都合主義的判断基準で一方的に誹謗中傷され断罪されるとしたら報道は成立しない。ジャーナリズムは死滅する。沈黙している現役記者のみんなに言おう。札幌地裁判決を「是」としたら、植村さんとその家族が受けた被害は明日、我が身に降りかかってくるのだということを。
今回の東京地裁原克也裁判長の訴訟指揮について植村弁護団は「当事者の攻撃防御権を著しく侵害するもので、訴訟法の根本理念に反し、裁判の公正を著しく妨げるものだ。そうした手続きが裁判所主導で進行している点もまた異常だ」と言う。2月の再開以来、弁護団による忌避申し立てで中断していた植村東京訴訟の口頭弁論は5月10日午後3時から、地裁706号法廷で開かれるが、再結審、判決日指定も予想され予断を許さない。一方、札幌では4月25日午後2時半、札幌高裁で植村裁判控訴審がいよいよスタートした。植村訴訟への引き続きの支援と裁判への傍聴を呼びかける。
編集部
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2019年4月25日号