★続いてページを繰ると、なんと薄みどり色のセミが背広を着て無機質なオフィスで働いている。しかもニンゲンからコケにされ、昇進もせず、17年間ケッキンなし、<トゥク トゥク トゥク>と働いてきた。
★そして定年、送別会もない、セミは高いビルの屋上に行く、そろそろお別れの時間、屋根の縁に立つ。それから一気に10ページにわたって、心を打つドラマが描かれる。
★朱赤で描かれる無数のセミの抜け殻が空を舞う。絵を見ながら、まさにセミの甦り、17年目の新たな出発への飛翔、そんな感動に包まれた。最終ページに、芭蕉の句<閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声>を載せている。
★ショーン・タンは、1974年オーストラリア生まれのマルチ・アーチスト、絵本のみならず彫刻、映画、舞台などで活動を続けている。絵本では『アライバル』ほか、アンデルセン賞をはじめ数々の賞を受賞、作品は世界中で翻訳出版されている。
★実は、彼について知ったのは、つい最近だ。先週末、1万歩ウオーキングがてら、「ちひろ美術館・東京」に立ち寄ったところ、<ショーン・タンの世界展>が併催されていたからである。
★展示されている作品を、まず一巡。そして二巡目で、一つ一つじっくり見入る。なんとも不思議な、奇妙で懐かしい、どこでもないどこかへ連れていってくれる余韻に浸った。すぐに『セミ』とショーン・タン展覧会の公式図録を買い求めた。今も座右において、このコラムを書いている。(2019/6/2)
