2019年06月05日

『未和 NHK記者はなぜ過労死したのか』 著者・尾崎孝史氏にインタビュー 選挙報道で月209時間残業=橋詰雅博

NHKはなぜこの事件≠4年間も伏せていたのだろうか―5月8日に岩波書店から出版された「未和 NHK記者はなぜ過労死したのか」の著者・尾崎孝史さん(53)の取材動機だった。尾崎さんは、外部スタッフとしてNHKで27年間、番組制作に携わっている。亡くなった未和さんのご両親と出会い「娘が31年間生きてきた証を残したい」という要望を受けた。彼女の死に至るまでの経過をまとめた尾崎さんに話を聞いた。

    ☆

――佐戸未和さんの過労死を公表したNHK「ニュースウオッチ9」(2017年10月4日)の翌日、各新聞も報道しましたが、どう受けとめましたか。

 朝日新聞の朝刊を見てビックリしました。2013年7月にNHKの女性記者が亡くなり、翌年の5月渋谷労基署が労災認定したと書いてあったからです。私はNHKで長年仕事をしており、職員が亡くなるようなことがあると、あまり時間をおかずに伝わってくるのが普通でした。ご両親の「未和の死が葬り去られる」という新聞のコメントに説得力を感じました。そこで、ご両親あてに「可能なら焼香させていただきたい」と書いた手紙を、代理人の事務所に持参し、ご両親に渡してくれるようお願いしました。焼香を機に本の出版の話が進みました。

109人取材

――どんな資料もとに書いたのですか。

 NHKから遺品として届いた取材ファイルや放送を録画したDVD、未和さんがスケジュールを書き込んでいたNHK手帳、3冊の取材ノート、携帯電話・パソコンでやり取りされたメールなどです。また、遺族、友人、NHK関係者など109人にインタビューをしました。1年半に及ぶ取材で合計約300時間になりました。

――彼女が過労死した背景は?

NHKでは災害と選挙が報道の2本柱とされています。特に国政選挙の報道は、与党・自民党議員に不利にならないようバランスをとることが不文律となっています。国会でNHK予算案をスムーズに承認してもらう必要があるからかもしれません。投開票日は民放よりいち早く当確を出すのがNHKの使命です。当確を出した後、別の候補者が当選したら、ミスした記者は降格人事を受けます。あの13年は6月の都議選に続き7月に参院選がありました。都庁詰め記者の彼女は殺人的なスケジュールでした。発病前1カ月間の時間外労働時間数は209時間にも達していました。

横浜局へ異動となる未和さんは送別会が終わった後、帰宅しました。7月24日午前3時ごろです。遠方から駆けつけた婚約者が遺体を発見したのは25日夜9時すぎです。

真相知りたい

――未和さんは助かる可能性があったと示唆していますが。

 彼女のNHK手帳の7月24日欄に〈14:30〜15局長 15:00〜15:30次長〉と書き込まれています。異動の挨拶のため2人の都庁幹部との面談があったと推測できます。当日、佐戸記者が来ないので都庁職員がNHK都庁クラブに連絡を入れた可能性があります。それを受けた人が不審に思い、彼女のマンションを訪ねたら助かっていたかもしれない。ご両親も私も真相を知りたいと願っています。

――NHKが事件を伏せていたのはなぜですか。

 14年5月に未和さんが労災認定されました。NHKの担当者から「記者会見をしますか」と尋ねられた担当弁護士は「予定はない」と答えました。すると担当者は「会見をしないですね」と深く確認するかのようだったと弁護士は言っています。この情報がNHK上層部に伝わり、ご両親は公表を望んでいないという空気が定着したのかもしれません。日放労も何か事を起こすという姿勢は見られませんでした。NHKは「代理人から公表を望んでいないと聞いていた」と言っていますが、弁護士は否定しています。ご両親は記者会見を開き、事実誤認があるとしたうえで「両親が公表を望んでいないという事実はありません」と抗議しています。

――その後も外部スタッフが倒れ国会で取り上げられましたが、働き方は改善されたのでしょうか。

 深夜や休日の勤務が一部届出制になるなど改善されたところはあります。一方、外部スタッフやプロダクションは視野の外です。勤務管理と称して記者に携帯端末が配布され、上司に居場所が監視されるような不安もあるそうです。忖度のない自由な取材や放送が実現して、はじめて未和さんの死に報いることになるのではないでしょうか。

聞き手 橋詰雅博

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2019年5月25日号
posted by JCJ at 11:30 | Editorial&Column | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする