2019年07月02日

【事件】 過酷な生い立ち、救えぬ社会 ジャーナリスト講座・山寺記者 祖父母殺した少年を取材=須貝道雄

JCJは夏のジャーナリスト講座を6月5日、毎日新聞くらし・医療部の山寺香記者を講師に迎えて東京で開いた。テーマは「少年はなぜ?闇の日々に迫る」。

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埼玉県川口市で2014年3月、17歳の少年が祖父母を刺殺する事件が起きた。警察は孫を逮捕し「金目当ての犯行」と発表した。不良少年による単純な事件。さいたま支局に赴任し、県庁担当だった山寺記者そう考え、最初は気にしなかった。警察・司法担当となり、裁判を傍聴して「衝撃を受けた」。弁護側が語る少年の生い立ちにだった。

 小学5年から学校に行かず、親から虐待を受けながら野宿生活を続けた。乳飲み子の妹の世話に懸命だった。少年は母親から「金を持って来い」と迫られ、事件を起こした。

「彼の窮状を社会は救えなかった。この子は裁判が終わったら刑務所に入り、問題は闇から闇へと葬られてしまう」。焦りを感じた山寺記者は次々と記事を書いた。拘置所で少年と面会し、手紙のやりとりをして著書『誰もボクを見ていない』(ポプラ社)を出した。

少年が小学4年の時に母親は離婚し、ホストクラブ通いで知り合った男性と一緒になった。少年を連れながら埼玉、西伊豆、横浜、埼玉と各地を転々とする。埼玉ではラブホテルに泊まる生活を2年余り続けた。男性が日雇いの仕事で金を稼いだ。朝にチェックアウトし、午後8時にチェックインする毎日。昼間はゲームセンターやパチンコ店で母親と少年は過ごした。金がなくなるとホテルの敷地内にテントを張って生活した。この時期に妹が生まれたという。

母親は少年に親戚から金を無心してくるよう何度も求めた。ある親戚から4年間で150回、合計400万―500万円巻き上げたことが裁判で明らかになった。母親は競走馬を育てるゲームに夢中で、ビジネスホテルに泊まり、大きな風呂に入ることが好きでたまらず、金を使い続けた。

少年の証言によれば、男性が失踪し、金に窮した夜に母親から殺人の話が出る。「ばあちゃんたち殺したら、お金が手に入るよね」と。そして事件へと進んだ。山寺記者は生い立ちを取材する過程で、少年の近くにいた人々がみな同情的に彼を見つめていたことを知る。ラブホテルの管理人らは、赤ちゃんをだっこしながら悲しそうな顔をしていた少年を鮮明に覚えていた。しかし、具体的な支援には結びつかなかった。行政も含めて「あと一歩が足りなかった」と振り返る。

山寺記者は大学・大学院で臨床心理学を専攻し、子どもを元気にするカウンセリングの仕事を志していた。病院などの専門機関に入る前に、社会全体を見てみたいと、報道の世界をめざした。「子どものことを書きたいと思っていたところ、今回の事件にたまたま出合った」と話した。  

須貝道雄

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2019年6月25日号
posted by JCJ at 17:16 | Editorial&Column | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする