元従軍慰安婦の証言を伝えた1991年の記事で、執拗な「捏造記者」攻撃の標的にされた元朝日新聞記者植村隆氏の名誉棄損訴訟で東京地裁(原克也裁判長)は6月26日、名誉が棄損されたことを認めながら植村氏への謝罪と損害賠償請求を棄却。西岡力被告らを免責する「不当判決」を下した。植村氏は7月9日、「原判決には事実認定と法解釈に誤りがある」として控訴。植村氏の名誉回復の闘いは札幌訴訟(櫻井よしこ被告ら)に続き、高裁に舞台を移して続く。
名誉毀損認めるが
判決は、西岡被告の植村氏への「捏造」との表現が事実の適示だと認め、植村氏の名誉が毀損されたことを認めた。つまり西岡被告と文芸春秋の表現と記事が「名誉棄損に該当する」と、植村氏が「捏造記者」でないことを認めているのである。
だが原克也裁判長は西岡被告らを「免責」した。法廷で代読された判決理由要旨によれば「各表現は、公共の利害に関する事実について専ら公益を図る目的で行われた」「各事実について、その重要な部分が真実または真実と信ずる相当の理由…の証明がある。かつ、意見ないし論評の域を逸脱したものでもない」という。
だが本当にそうか?判決は西岡被告が植村氏を「捏造記者」とした@金学順さんが妓生に身売りされた経歴を知りながら記事に書かなかったA義母の裁判を有利にするため、意図的に事実と異なる記事を書いたB「金さんが女子挺身隊として日本軍に強制連行された」と、意図的に事実と異なる記事を書いた、の3点について判断を下した。
判決は@、Aの西岡被告の「真実性」を否定した。だが「推論として一定の合理性がある」と、真実相当性を持ち出して免責した。さらに最大の問題はBで、いきなり「真実性」を認めたことだ。つまり原裁判長は何の根拠もなく「植村には(金さんが)騙されて慰安婦にされたとの認識があったのに、意図的に強制連行と書いた」と認定し、西岡被告を免責したのだ。
判例の基準逸脱
これについて弁護団は「声明」で、「植村氏が嘘と知りながらあえて書いたか否か、本人に全く取材せず『捏造』と表現した(西岡被告)を免責しており、従来の判例基準から大きく逸脱したもの」と、厳しく批判。「また、金学順氏自ら『私は挺身隊だった』と述べており、騙されて中国に行ったが、最終的には日本軍に強制連行され慰安婦にされたと述べていた。騙されて慰安婦にされたことと強制連行の被害者であることは矛盾するものではない」と指摘した。また、裁判後の記者会見で弁護団の一人は「裁判所の認定は真実をねじ曲げ植村氏だけでなく「慰安婦」制度の被害者の尊厳をも踏みにじった」と、強い怒りを表明した。
10月10日 札幌結審
一方、札幌訴訟控訴審は7月2日、札幌高裁で第2回目の口頭弁論が行われた。裁判長が人事異動で交代し、新裁判長の冨田一彦・部総括判事(前神戸地裁部総括判事)の下、審理更新手続きと提出証拠の確認の後、植村氏が再度、意見陳述。「証拠をきちんと検討し、公正な判決を出していただきたい」と改めて訴えた。また、弁護団は一審の問題点を指摘した計3通の意見書・陳述書をもとに一審判決の取り消しを求める準備書面の要旨を説明。さらに弁論終結を求める櫻井側弁護団に対して弁論続行を求め、@東京、札幌両地裁判決に共通する問題点への主張書面A梁順任さん陳述書の補充書面提出を表明。
冨田裁判長の裁定で、次回口頭弁論を10月10日午後2時半から開き、その日に結審との日程が決まった。
歪んだ歴史観正せ
植村訴訟の札幌、東京両地裁は、ともに植村氏への「捏造記者」攻撃は名誉毀損だが、謝罪、賠償を免責するとの「不当」判決を下した。だが裁判では真の「捏造者」が櫻井、西岡両被告だったことが暴かれた。「問われているのはこの国のデモクラシーの根幹。だから怒りは静かです」。判決後、植村氏はこう述べた。両地裁の判決は「従軍慰安婦」を「公娼制度の下で戦地において売春に従事していた女性」と記述した。そこにあるのは「慰安婦」制度が被害者がいる強制売春だということを無視した「歪んだ歴史観」そのものだ。闘いはまだ続く。
編集部
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2019年7月25日号