2019年08月27日

【編集長EYE】 米国への忖度で「ひろしま」幻の映画に=橋詰雅博

 幻の映画「ひろしま」を10日午後、都内で見た。奇しくも、その日の夜11時、NHKがETV特集「忘れられたひろしま=`8万8千人が演じたあの日=`」(映画はETVで17日深夜放映)を放送した。上映を主催した憲法を考える会が配布した資料と特集番組から「ひろしま」が製作された経緯はこうだ。

 映画の原作は「原爆の子〜ヒロシマの少年少女のうったえ」だ。自らも被ばくした教育学者・長田新が原爆の惨状を残したいと、子供たち105人の被ばく手記を編纂し、本は1951年に出版された。累計27万部売れ、原爆の恐怖と悲惨さを多くの国民に知らせるきっかけになった。手記を寄せた少年が映画化を発案し、日本教職員組合が製作に乗り出す。カンパを募り、総額4千万(現在の貨幣価値で2億5千万)の製作資金を集めた。監督は「きけ、わだつみの声」などの作品を手がけた関川秀雄、助監督に熊井啓、音楽が伊福部昭で、一年後にあの「ゴジラ」のテーマ曲をつくった。当時の人気女優・月丘夢路が主演し、8万8千の市民が出演。これは日本映画史上空前絶後のスケールだ。原爆が投下された直後の広島市を再現した映画は53年に完成した。

 ところが国内上映直前にアクシデントに見舞われる。試写を見た大手映画会社が反米的と配給を拒否。どこがそうなのか、例えば「日本人が新兵器の『モルモット実験にされた』」というセリフを挙げた。

 筆者はこうも感じた。上映時間104分のうち惨状シーンは30分も続き、強烈な印象を受け、見ているうちに原爆を投下した米国に怒りがこみあげてきた。

 映画は自主上映で公開され、55年ベルリン国際映画祭長編映画賞に輝いたが話題にならず、いつの間にか忘れ去られた。現在、原爆のむごさを後世に伝えるため映画関係者が上映会を各地で開いている。しかし、外交、経済、防衛などあらゆる面で日本は、米国への忖度を続けている。

橋詰雅博

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2019年8月25日号
posted by JCJ at 15:30 | Editorial&Column | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする