2020年06月30日

【月刊マスコミ評・放送】 コロナが現場に未来を連れてきた=三原治

 経済を始め、新型コロナウイルス禍によって、働き方も日常生活も社会の前提が大きく変わった。そして、放送界は今、かつてない試練に見舞われている。
 テレビの新作ドラマは、ほぼ全滅。6月後半に入って、やっとリスタート。バラエティは、少人数が距離を取っての対応となった。生放送の情報・報道番組は、リモート画面だらけで、もはやネット会議である。
 2005年のライブドア対フジテレビの買収騒ぎが懐かしい。なぜ、あの当時、「放送と通信の融合」というキーワードに目くじらをたてていたのか。今では、ネットの力を借りないで放送なんて成立しない。ということは、日本は、10年以上、ネット時代に乗り遅れたということか。
 その乗り遅れを「コロナという外圧」が、一気に時代を進めてくれた。時計の針は未来へ早回り。激震が走ったのは、4月12日。テレビ朝日の「報道ステーション」のメインキャスターを務める富川悠太アナウンサーが新型コロナウイルスに感染した。チーフプロデューサーや複数の番組スタッフの感染者が出たため、スタッフ全員が自宅待機の措置となり、急遽、集められた他番組のスタッフで制作にあたった。
 他局の報道番組や情報番組も軒並み感染対策のため、ZOOMやSkypeなどのテレビ会議ソフトを使ったリモート出演や、別室からの中継など工夫を凝らした番組制作と変わってきた。富川アナウンサーは6月4日、「報道ステーション」のキャスターに約2カ月ぶりに復帰した。この出来事は、放送界に大きな教訓を残した。
 リモートでの報道番組を観ていて気付いたことがある。大きなスタジオに組んだ豪華なセットはいらない。1985年以降、テレビ朝日「ニュースステーション」が変革してきたニュースショーは必要か。巨大な制作費は無駄だ。ニュース番組は、もっとシンプルに内容重視でいいのではないだろうか。勿論、批判すべきテーマは、さらに重点的にやってほしい。特に久米宏氏のような権力に歯向かうタイプのキャスターは、無くなってほしくはない。
 ウィズコロナ、ポストコロナの時代は、災禍を乗り越えて、社会全体が変革を起こしていく契機となるだろう。思考、概念、価値観などが枠組みごと移り変わる社会や経済情勢のパラダイムシフトが起こるに違いない。その時、放送界も変わっているだろう。新たな発想と挑戦が求められる放送界。そんな未来のヒントをコロナは連れてきてくれた。  
三原 治
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年6月25日号


posted by JCJ at 12:33 | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする