2020年07月02日

著名人・若者を動かした「怒り」 「 #検察庁法改正案に抗議します」=望月衣塑子

             ◆望月衣塑子記者.jpg    
 検察庁法改正案が審議入りしていた5月、ツイッター上では「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグ(検索目印)付きツイートが広がり、大きなうねりとなった。賭けマージャン問題もあいまって政府は改正法成立を断念した。
 総数は9百万件を超えたが、数の多さよりも注目されたのは、普段はあまり政治的な発言をしない著名人や若者たちが次々と賛同したことだ。彼らを突き動かしたのは、思想信条や損得ではない、「怒り」の感情だったのではないか。
「罪が無くても」
 5月8日、東京都内の30代の女性会社員「笛美」さんのツイートが始まりだった。この日、検察庁法改正案を含む「国家公務員法等の一部を改正する法律案」が衆議院で審議入りした。
 おさらいすると、政府は長年の法解釈を変更し、1月に黒川弘務・東京高検検事長(当時)の定年延長を閣議決定した。将来、黒川氏を検事総長にすえ、検察捜査への関与を強めようとする官邸の狙いは明らかで、法改正は定年延長を正当化し、検察の独立や公正性をおびやかすものと受け止められていた。実際、笛美さんはツイートの理由を「政府が気に入らない人は、罪がなくても裁かれるということが起きる予感」がしたから、と答えている。
注目度トップに 
 ハッシュタグのついたツイートは急速に広がる。女優の小泉今日子さんや大竹しのぶさん、ミュージシャン「いきものがかり」の水野良樹さん、演出家の宮本亜門さんら著名人も次々に賛同し、ツイッターの注目度を示すトレンドで国内トップにもなった。
 当然、ツイート数=「抗議した人数」ではない。ただ、東京大大学院の鳥海不二夫准教授(計算社会科学)の分析によると、同じ内容を自動で投稿したり、拡散目的で新たにアカウントが作られたりした形跡もなかった。「ネットでの炎上などの案件として比較的多い」と指摘している。
耳を傾ける役割
 日本人の多くは周囲との不要な対立を避ける。政治的な意見を口に出すことはまれだ。特に著名人はファンやスポンサーから敬遠されるリスクが増すだけで、メリットはない。実際、今回も賛同した著名人に「政治に口を出すな」「がっかり」「歌だけ歌っていればいい」という反応も出た。
 それでも今回のツイッターデモに多くの賛同者が続いたのは、検察庁OBたちが意見書で示したような「検察の政治的中立性を損なう」ことへの抗議だけでなく、新型コロナウイルス対策を急ぐべき緊急時に、全く無関係の法案通過を図った「火事場泥棒政権」への猛烈な怒りだろう。
 政権は「普通の人」が政治に意見することを恐れる。20年前の衆院選で森喜朗首相(当時)が発した「無党派層が寝ててくれたらいい」と失言(本音)と通底する。今回のツイッターデモは、普段は政治に無口な層が動いた。不公正や不平等、不正義への怒りは、個人の立場や信条、利害を超えて共鳴し伝わっていく。この音に耳を傾け、報じるのがジャーナリズムの本質だろう。
望月衣塑子(東京新聞記者)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年6月25日号

posted by JCJ at 13:00 | 政治・国際情勢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする