2020年08月06日

【月刊マスコミ評・新聞】 朝鮮戦争70年 日本人の「参戦」=徳山喜雄

 朝鮮戦争が70年前の1950年6月25日に勃発した。日本は連合国軍総司令部(GHQ)の占領下で、戦後の混乱を抜け切れていなかったが、朝鮮特需で活況に湧くこととなった。
 一方、GHQの要請で多くの日本人が戦争に動員された。旧日本海軍の掃海部隊1200人は朝鮮海域で活動し、日本の民間船が兵隊や武器弾薬を輸送した。しかし、平和憲法ができてまもない日本の「戦争協力」は長く秘匿されることになり、このことはあまり知られていない。
 この夏、いくつかの新聞が埋もれた事実を掘り起こした。たとえば、毎日新聞(6月22日朝刊)は米国立公文書館所蔵の米軍作成の極秘文書を入手し、少なくとも日本の民間人男性60人を米軍が帯同し、うち18人が戦闘に加わっていたことを突き止めた。なかでも20歳未満の少年が18人おり、うち4人が戦闘に参加していた。
 文書には帯同した60人の尋問記録もあり、広島出身の少年(当時13歳)は「原爆で両親を亡くした」と証言。殺害を証言した12歳の少年も「両親は戦争で死んだ」と明かしている。さらに尋問記録のよると、米軍が「渡航したことは口外しない」と言わせ、署名させていたという。
 朝日新聞(6月24日夕刊)は朝鮮戦争で戦死した日本人の遺族にインタビューし、その経緯を明らかにした。東京都町田市の集合住宅で平塚照正さん(84)は、70年前に戦死したとされる兄、重治さん(当時29歳)の思い出を語った。
 太平洋戦争の激戦地ニューギニア戦線で生き残った兄は戦後、知人からの誘いで米軍基地で働きはじめ、朝鮮戦争の戦場に身を置くこととなった。戦争勃発後しばらくして家族のもとに死亡の知らせが届いた。
 家族の問い合わせに対し、GHQから「ネオ平塚は国連軍兵士に変装し、日本や占領軍の正式な許可がないまま朝鮮半島に密航した」「50年9月4日ごろ、韓国での軍事作戦中に死亡した人物が、平塚だと数人の米兵によって明らかになった」との回答があったという。
 ここで留意したいのは、憲法9条の解釈改憲によって集団的自衛権が認められた現在の日本において、朝鮮戦争への「参戦」は決して過去のもでないということだ。
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年7月25日号


posted by JCJ at 01:00 | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする