2020年12月22日

【スポーツ】 五輪 競技者の意思確認を=大野晃

  果たして2021年東京五輪・パラリンピックは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に収束が見えない中で、開催すべきか。
  世界の五輪・パラリンピック代表競技者の意志が問われる新年となる。開催して欲しいや出場したいだけでなく、大会の意義を重視した、競技者としての判断である。
 バッハ会長など国際オリンピック委員会(IOC)理事会や東京五輪組織委員会は、感染対策を徹底すれば開催できると強調するが、開催すべき理由を明確にしていない。
 「競技者第一」が基本とすれば、代表たちの意志が最重要である。
  日本オリンピック委員会(JOC)などが、代表たちの意志を集約しているかは疑問であり、世界への発信がない。開催運営組織やマスメディアは、開催できるかばかりを探っている。
 五輪などの最大の意義は、競技を通じて世界の競技者が連帯し、世界平和を目指すことにある。大会は、世界の友好と連帯を求めて、多競技の世界中の競技者が、競技の枠を超えて、絆を強固にする舞台である。
 競技力を競うだけなら、世界選手権やワールドカップなどの単一競技会で事足りる。
 競技者の出入国が厳しくチェックされ、選手村滞在がわずかの期間に限られ、毎日のような感染検査漬けのうえ、他競技や他国代表などから隔離され、競技以外の自由が制限されて、友好交流の場と言えるのか。
 開催を断念しても、五輪精神を生かして、連帯を強める他の方法はないのか。まずは、開催国の競技者から問題提起すべきだろう。そして、世界の競技者たちと十分に協議することが不可欠だ。
 JOCや各国のオリンピック委員会などは、競技者の意志を確認する場を作り、尊重しなければなるまい。IOCは、五輪が競技者の努力なしには成功しないことを再認識し、興行優先から脱却する必要がある。
  当事者の沈黙は、五輪・パラリンピックを内から危うくする。
 大野晃(スポーツジャーナリスト)
posted by JCJ at 01:00 | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする