2020年12月25日

核禁条約不参加は日本の恥 国はただちに署名・批准を=被団協代表委員 田中煕巳

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核兵器禁止条約が1月22日発効する。この世界史的な出来事を作ってきた原動力は日本のヒバクシャ運動だ。しかし政府はこれに背を向ける。こんなことでいいのか!被団協事務局長、代表委員として、ずっと運動を担ってきた田中熙巳さんに寄稿をお願いした。

 核兵器禁止条約は、10月24日、カリブ海と大西洋を臨む中米の国、ホンジュラスが国連に批准書を寄託、批准国が50カ国に達したことで、90日後の2021年1月22日、発効することが確実になった。17年7月7日の調印から3年余、核兵器廃絶へ向けての大きな、確実な第1歩である。サーロ・節子さんのいう「核兵器の最後の始まり」だった。
核兵器禁止条約に参加しなくとも条約に拘束されるのは間違いないし、制裁が加えられなくても違反すれば非難は免れない。条約の内容に道義的な拘束を受けるのは間違いないのである。
しかし、この条約には核兵器保有国と日本も含む「核の傘」に依存する同盟国の参加がなく、核兵器の廃絶を目指す運動にとっては「画竜点睛を欠く」無念さがある。
 唯一の戦争被爆国、日本の政府は、いまからでも遅くない。直ちに条約に参加、署名・批准すべきである。

政府の無策・妨害
日本政府は国の内外で「唯一の戦争被爆国」を標榜し、あたかも核軍縮や原爆被害の真実の普及に努めているかのように喧伝しているが、ほとんど何もせず、むしろ無策による妨害が多い。
 そしてこうした状況を許しているのは、一般国民に、「核兵器は人道に反する兵器であり、核兵器の存在は許してはならない。兵器として、破壊と殺りくに使用されてはならない」という「認識」が乏しいからではないだろうか。
 さらに、この認識の乏しさが、政府の外交政策での核兵器に対する無関心、アメリカの核政策・安全保障政策に従属して見識のかけらもなく、核兵器禁止条約に反対し「署名も批准もしない」と首相に公言させているのではないか、と思う。
 憲法9条の下、「戦力を保持しない」日本は、その安全に不安を抱き、アメリカの軍事力に依存し、「日米安保条約」で米国の同盟国になることを選択したとしても「核兵器が非人道的な、使用されてならない兵器」であることは明らかだ。とすれば、あらゆる手段を使ってアメリカの「核の傘」から「脱出」する努力をしなければならないのではないだろうか。
 しかし日本政府は、むしろ逆のことをアメリカに要請してきたという。つまり米国が「核攻撃に対する反撃にのみ、核の傘をはたらかせる」と提案したことに反対し、「核兵器の攻撃以外には報復使用はしない」との提案にも反対し、通常兵器の使用の抑止力を残してほしいと申し入れたとも伝えられている。「核」に限ってでも、アメリカ従属政策から脱却し、核政策の転換か、政権そのもの変えるか、いずれかの選択を迫られている。そして国民自身が、日米安全保障への依存の是非を考えなければならない。(続きを読む)

世界を動かした
ようやく発効する核兵器禁止条約だが、ここまで来るためには、被爆者自身が動いた長い闘いがある。
 太平洋戦争に敗北した日本の被爆者がうけた非人道的な被害は、7年間の占領下の隠蔽政策で、日本国民に知らされず、被害を直接体験した原爆被害者が直接訴えるすべもなかった。人類の生存にかかわる無差別大量破壊、そして、残留放射能による病と苦しみなどを知る機会は、戦後の十年近くなかった。その上で日本は、安全保障の道として米国の核の傘に依存することを選択した。
 原爆被害の実相、放射能の危険が初めて広く知らされたのは、ビキニ環礁での水爆実験による放射能被爆だった。
 被爆者たちは、原水爆禁止運動と呼応して、国内での被爆者援護法や、全国での署名運動、世界に向かって被爆の実相を伝えた「語り部の旅」、そして国際司法裁判所に核兵器の違法性を訴えた世界法廷運動、被爆者自身の国連演説などさまざまに取り組んできた。初めて原水禁世界大会で核兵器廃絶条約が提案されたのは1976年だ。
 2015年、私たちは被爆者からの訴え、「核兵器を禁止し廃絶する条約づくりをすべての国に求める」に賛同を求める国際署名を提起した。
目標を国内では数千万、国際的には数億の人々を動かしたいというものであった。それくらいの意気込みがないと、核兵器国の核兵器をなくすことはできない。2020年の国連総会に提出することも目標とした。今日までに達成した署名数は約1千3百万。国連総会第1委員会議長にオンライン文書で提出した。

「核なき世界」へ
2015年核保有国の妨害で、NPT(核拡散防止条約)の再検討会議の共同行動の文書は結局採択されなかったが、2016年には「核兵器禁止条約」作りに動く総会決議を勝ち取った。
 そして翌2017年3月から開かれた「核兵器禁止条約」をつくる国連会議。参加国の熱のこもった議論の結果、7月7日、国連参加国のほぼ3分の2の122か国の賛同を得て採択された。
 この中では、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)による各国政府へのロビー活動も見逃せない。核兵器禁止条約はこうした核廃絶を求める世界の声に支えられて成立した。
 これで、人類は化学兵器、生物兵器とともに、核兵器についても禁止する条約を手にした。
 条約発効で世界は「核なき世界」へ大きく舵を切る。ヒロシマ、ナガサキを経験した日本国民として、日本政府をその先頭に立たせたい。改めてそれを訴えたい。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年11月25日号

posted by JCJ at 06:00 | 政治・国際情勢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする