
バイデン氏当確が打たれた11月7日のホワイトハウス前
歴史的にまれにみる疫病下の米大統領選だった。気に入らない「メディアをフェイクニュース」と呼び、世論調査の結果をウソと決めつける。トランプ大統領の悪態が炸裂するなか、「健全な民主主義を守る」という米メディアの矜持も目の当たりにした。大統領選の取材にあたったTBSテレビのニューヨーク支局長、萩原豊さんの現場レポートを届ける。
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「後ろに、フェイクニュースが見えるぞ。見てみろ!あそこにいるフェイクニュース全員を見ろ!」
トランプ大統領が指差したのは、私たち報道陣。集まっていた2万人の視線が一斉に向けられた。同時に大きなブーイングが巻き起こる…。最後の最後まで、メディア敵視≠フ姿勢を剥き出しにした。
投票日前夜、中西部ミシガン州の空港で行われた「最後の集会」に立ち会った。支持者は最低気温2度のなか、隙間なく集まっていた。同州では、10月から新型コロナウイルスの新規感染者が急増、1日4000人近くになっていたにも関わらず、支持者の多くがマスクをしていない。トランプ氏は日付を越えて1時間以上にわたり、最後の訴え≠行った。
冒頭のメディア批判はトランプ氏の常套句で、予想はしていたが、敵意をぶつけられと動揺してしまった。選挙戦の後半になっても自らの劣勢が続くと、その姿勢は一層、露骨になった。世論調査の結果をウソと決めつけ、バイデン氏とメディアは結託しているなどと根拠なく主張。市民との「信頼」を礎とする報道機関にとって、現職の大統領が、気に入らないメディアを「フェイクニュース」と呼ぶこと自体、許しがたい。「メディアは国民の敵」という表現も少なくなかった。
テレビの利用
メディアへの敵視は、その影響力を認めている裏返しでもある。そもそも、トランプ氏は、「メディアが生んだ寵児」だ。陣営の巧みな「メディア戦略」が如実に表れたのは、新型コロナに感染したトランプ氏が退院する場面だ。メディア各社に予告された時間は、米三大ネットワーク(NBC、ABC、CBS)のテレビ局で夕方のニュース番組が一斉に始まる時刻である。トランプ氏はホワイトハウスのバルコニーに立ち、コロナに勝った「強い大統領」を演出した。
生中継した三大ネットやCNN、FOX、 MSNBCの24時間ニュースチャンネルの画面を占拠することになった。投票まで1カ月を切った段階での大統領の容体は、最重要ニュースである。生の報道番組と時間帯が重なっていたテレビ各局は、一連の場面を映さざるを得なかった。結果としてテレビが利用された。(→続きを読む)
中継を中断
前回2016年の選挙では、米テレビは、トランプ氏の選挙活動を、高い視聴率が取れるため、盛んにニュースで扱った。選挙広告にすれば、約2000億円分という試算もある。これがトランプ氏を当選させた要因のひとつと指摘された。この教訓からか、テレビ各局は今回、トランプ氏の露出を全体的に抑制していた。保守系のFOXでさえ、選挙戦後半の遊説の中継は限定的だった。
最も重要な局面だったのは、投票日2日後の11月5日、再び夕方ニュースの時間帯に設定されたトランプ氏の記者会見だ。当確が出るかどうかの緊張状態で設けられた大統領の会見にも関わらず、三大ネットは、会見の中継開始後、わずか数分で中断した。
トランプ氏は「もし適法な票が数えられれば、私は簡単に勝てる。だが、違法な票が数えられれば、彼らは、私たちから選挙を盗むことになるだろう」などと主張を始めていた。勝ってもいない州での勝利宣言もした。この大統領会見における、三大ネットの打ち切り判断には、重要な意味がある。現職の大統領が、選挙結果がなかなか出ない、異例の事態で何を話すのか、発言全体にニュース価値があるというのは、一つの考え方だ。
重要な機密情報が発表される可能性もある。しかし三大ネットが、数分間の発言内容に基づいて中断を決断したのは、大統領とはいえ、候補者による一方的な根拠の無い主張を放送し続けることに価値はない、さらには、選挙制度の正当性、信頼性を、具体的な証拠も提示せずに貶める発言は、米国の民主主義を深く傷つける行為と判断したのではないか。この打ち切りには米メディアの矜持≠見た思いがした。
主たるメディアによる一連の選挙報道でも、トランプ陣営が狙う印象操作の思惑に利用されない、有権者に適切な判断材料を提供しようという姿勢が随所に見えた。演説や会見の後、速やかにファクトチェックを報じる試みもその一つだ。健全な民主主義を守る≠ニいうジャーナリズムの重要な役割。これを貫こうとする米メディアの意志を感じ取った。
感染リスク
コロナ禍での取材活動は、感染リスクへの対応が極めて大きな制約となった。感染が支局全体に広がらないよう2チーム体制を構築し、原則、屋外での撮影、取材対象との距離の確保など様々なルールを設けた。
スタッフに感染者が出た場合の想定など難しい安全管理を求められた。また選挙報道において、人が活動する、集まるという機会は民意を知るうえで重要な取材対象だ。コロナ禍前は、党の予備選の段階でも度々、候補者による大規模集会や政策勉強会、テレビ討論のウオッチパーティーなどが開催されていた。これもコロナにより奪われた形となった。
深まる分断
米メディアにおける、保守とリベラルの「二極化」は極まりつつある。次期バイデン政権に対しては、主にFOXが、今のCNNのように批判的な立ち位置を鮮明にしていくと思われる。ただ「米メディア」が、これまでのように、伝統的な新聞、三大ネット、二十四時間ニュースチャンネルに限定できない点が重要だ。
米国民の六割以上が、SNSからニュースを得ているとの調査もある。米メディアの影響力は分散を続けていると言えるだろう。前回、トランプ氏の選挙活動の原動力になったTwitterなどが、今回の選挙では、トランプ氏の投稿に度々、「真偽が問われ、誤解を招く内容」などの警告を表示した。YouTubeもQANONなど荒唐無稽な陰謀論の動画を削除した。
SNSのプラットフォームが、こうした措置に踏み込んだことは、トランプ支持者によるデマの拡散防止に一定の効果があったとみられる。だが、規制を嫌う保守派や極右は、右翼系放送局OANNやSNSのParlerなどに活路を見出しつつある。こうしたジャーナリズムの原則を前提としない、政治思想を重視した「メディア」が今後、どの程度の影響力を持つのか、注視すべきだ。
コロナ禍と人種問題という二つの危機が深めた分断のなかで、民主主義そのものと、メディアの在り方が本質的に問われた大統領選だった。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年12月25日号