スクープとなった読売新聞11月23日付朝刊1面カタ(右)と左は翌日の朝日新聞朝刊1面トップ
手詰まりとなっていた「桜を見る会」前日の夕食会(前夜祭)の費用補填問題について、読売新聞が突破口を開いた。
読売は11月23日朝刊の1面で「安倍前首相秘書ら聴取/『桜』前夜祭 会費補填巡り/東京地検」との見出しで特報した。安倍晋三前首相らに対して政治資金規正法違反などの告発が出されていた問題で、東京地検特捜部は安倍氏の公設第一秘書らから任意で事情聴取していたと伝えた。
このニュースについてNHKが間髪入れずに追いかけ、その日のうちに安倍氏の政治団体「晋和会」が夕食会の会場となったホテル側に対し、会費800万円以上を補填していたことを示す領収書があるとスクープした。こうして新聞、放送など報道各社が疑惑追及をすることとなった。
安倍氏は首相在任中、自身に近いメディアとそうでないメディアを選別し、報道を分断、いいように振りまわしてきた。「親安倍」の代表格が読売でありNHKであった。7年8カ月におよぶ長期政権を支えたメディアであるといっても差し支えなかろう。
よりによってこの2つのメディアが、権力の座から降りた安倍氏を窮地に追い込むこととなった。情報の出所は、ふつうに考えて東京地検特捜部であろう。
安倍氏は「官邸の守護神」として黒川弘務・前東京高検検事長の異例の定年延長を法の解釈変更で認め、検察トップにする意向だったが、新聞記者との賭けマージャンの発覚で自滅した。こうして名古屋高検検事長の林眞琴氏がトップの検事総長となり、「桜」疑惑を指揮する立場についた。
もとを正せば、林氏は次期検事総長と目されていたが、安倍政権の上川陽子法相時代に上川氏とそりが合わずに名古屋高検に転出させられた。しかし、賭けマージャン問題で返り咲いてトップに座ることになった。安倍氏に代わった菅義偉首相は新内閣の発足にあたり、再び林氏の天敵である上川氏を法相にあてている。このような変転のなかでの読売とNHKへのリークであった。今後の林検事総長と上川法相の攻防も見ものだ。
安倍前首相や政権による保守系とリベラル系メディアの分断、NHKとりわけ政治部の取り込みによるメディア懐柔の構図が、ここに一部崩れることになったのである。地検特捜部は、安倍氏がさんざん利用してきたメディア分断の構図を逆手にとって、読売とNHKを野党やリベラル系メディアの側に立ち位置をずらせたのである。
これまでなら、朝日や毎日新聞にリークして安倍氏追及の流れをつくりがちだが、検察がそうしなかったことに巧みなメディア戦略がみてとれる。野党は安倍前首相の参考人招致や証人喚問など国会での説明を求めている。官房長官として安倍氏を支えた菅首相は「国会の件は、国会でお決めになること」など人ごとのような答弁に繰り返しているが、その本音は読み取りにくい。
そもそも「桜」問題が発覚したのは、昨年10月13日の共産党機関紙「しんぶん赤旗」日曜版のスクープからだ。赤旗が端緒となり、読売とNHKが引導を渡すかのような今回の一連の動きは、閉塞したメディア状況を打ち破るきっかけになるかもしれない。
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年12月25日号