2021年02月07日

【今週の風考計】2.7─高瀬庄左衛門から三屋清左衛門を経て上杉鷹山へ

■感動した本に出合うと、水溜まりに落ちた水滴が波紋を広げるように、思いが連鎖状につながっていく。まさに、砂原浩太朗『高瀬庄左衛門御留書』(講談社)は、その1冊である。
 本書は、齢50を前に妻を亡くし、息子まで不慮の事故で失った高瀬庄左衛門の寂寥と悔恨の日々を描く時代小説だ。神山藩の郡方として農村を見回る老いた身、死んだ息子の嫁・志穂と共に、手すさびの墨絵を描きつつ、若き頃の友情や諍いを思い浮かべる。
■しかし藩の政争の嵐が襲いかかり、村人に強訴を仕掛けたとの罠にはまりかける。だが志穂が描いた似顔絵から真実が明らかになる。まさに謎ときの筆が冴える。
 加えて昔の道場仲間が落ちぶれ、カネの無心から始まる斬り会いで腕に傷を負い、絵筆を持つこともままならなくなる。また息子の死の真相も知ることとなる。抑えた静謐な筆致ながら、この緊迫感の迫力は抜群だ。

■そして場面を彩る野鳥と草木・花の描写が心憎いほど冴えている。拾っただけでも、蕗の薹、山雀、海鵜、蝉、目高、燕、瑠璃びたき、梅、雪兎、百合、油蝉、行行子、時鳥、烏瓜、桔梗、百日紅、椋鳥、紅梅、鵯、秋海棠、楮、蝉、春告鳥、鶯、桜などなど。
 香りや色・鳴き声を取りまぜ、庄左衛門の心の揺曳を際立たせる。庄左衛門の最後のシーンには、「そろそろと矢立を出し、震える指先で筆を取る。庭さきに、気の早い山雀が降り立っていた。虫でも探しているのか、首を上下させて土のおもてをつついている。」とある。見事だ。

■続く連想が、藤沢周平『三屋清左衛門残日録』(文春文庫)。52歳にして隠居生活に入った三屋清左衛門が、悠々の日々を送るはずが、町奉行が抱える事件の解決に奔走、さらには藩を二分する政争にも巻き込まれていく。その日々を「残日録」と題して綴る時代小説。
 おなじみ北大路欣也が、時代劇専門チャンネル・スカパーで毎週土曜日19:00から放映中だ。
 藤沢周平とくれば『漆の実のみのる国』(文春文庫)に思いが及ぶ。江戸時代中期の米沢藩主・上杉鷹山の生涯を描く。財政破綻に陥っていた事態を、倹約・殖産興業を柱とする改革に取り組み、領内に100万本の漆の木を植え、その実によって藩を豊かにするなど、名君としての評価は今でも変わらない。

■そこへ小関悠一郎『上杉鷹山─「富国安民」の政治』(岩波新書)に目がいく。なんと著者は1977年生まれ、44歳の気鋭の歴史学者。さっそく読んでみると、積み重ねてきた研究の成果がふんだんに盛り込まれた<目から鱗>の好著。
 殖産計画の一つ、「漆」植立ての実際を資料から明らかにし、いかに実施させていったか、その苦労も指摘している。
 著者は、「上杉鷹山は、<人民のため>の君主という考えを深く内面化した<名君>とみることができるだろう」と結ぶ。現在の為政者よ学ぶべし。(2021/2/7)
「高瀬庄左衛門御留書」.jpg
posted by JCJ at 08:00 | 【今週の風考計】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする