2021年02月15日

「移動の自由を侵害」 安田純平さん 旅券発給求め裁判闘争=高橋弘司

  内戦渦中のシリアで取材中に拘束され、3年4カ月後に釈放されたフリージャーナリストの安田純平さん(46)は帰国後、外務省に旅券(パスポート)発給を申請したものの、拒否されたままの状態が続いている。安田さんはこの処分を「憲法違反」として国を相手取り、発給拒否処分の取り消しと新たな旅券発給などを求めて提訴、法廷闘争を続けている。
 裁判長期化は必至の情勢で、安田さんと代理人の岩井信弁護士が昨年12月20日、海外取材に携わるジャーナリストや研究者らを前に、「日本人が海外紛争地の実態を知れない結果となり、このままでは日本の民主主義が危うくなる」などと訴え、憲法が保証する「移動の自由」を訴え徹底抗戦する考えを明らかにした。

 この催しは、民間団体「危険地報道を考えるジャーナリストの会」が新型コロナウイルス感染拡大の中、通信アプリ「Zoom」を介したオンライン勉強会の形で企画。海外紛争地取材を続けるフリージャーナリストや毎日新聞、朝日新聞、共同通信などで海外報道に携わる記者、大学教員、NGO関係者ら20数人が参加した。

 2018年10月に釈放されて約2年2か月が経ち、安田さんからは帰国直後のややトゲトゲしい雰囲気は消えていた。旅券を奪われた今、東京都内に住み、執筆活動や講演の傍ら、法廷闘争の準備をする日々という。海外を主戦場にした本来のジャーナリスト活動を「阻止」され、その言葉からは強い怒りやいらだちが垣間見えた。
 東京地裁で続く裁判は原告の安田さん側と被告の国側双方が準備書面を提出した段階だ。岩井弁護士は、国側が処分の根拠について、旅券法13条1項1号(「渡航先に施行されている法津によりその国に入ることを認められない者」に旅券発給を拒否できるとの規定)に基づき、安田さんがトルコ政府から退去強制に伴う入国禁止措置を受けた点を挙げていると指摘したうえで、「安田さん自身はこの退去強制通知を見た記憶がなく、入国禁止措置は安田さんが旅券申請した2020年1月の後になって、日本政府の要請でトルコ政府側から発給された可能性がある」と主張した。
 つまりは法律に基づいて発行されたものではなく、この条文とそれに基づいて出された処分は憲法22条が定めた「移動の自由」を侵害すると主張した。

 旅券法13条1項1号が制定された1951年当時、旅券は特定の国に1回限りで行けるだけのものだった。だが、海外旅行が大衆化し、1つの旅券で世界中の国に何回でも渡航できるようになった現代では過去の遺物ともいえる。岩井弁護士は、仮にトルコから入国禁止措置が出されたとしても、他の大多数の国への渡航機会を事実上奪う旅券自体の発給拒否の処分は「グローバル時代」にそぐわず、個人の自己決定権などを定めた憲法13条にも違反すると力説した。

 安田さんに対しては今も、SNSなどを中心に「迷惑をかけた人間だから旅券発給拒否は当然」「身代金を払うようなことをする人間を海外に出すな」などの誹謗中傷が絶えないという。これに対し、安田さんは「身代金支払いは全くの事実無根」と怒り、「多くの国民に海外の紛争地取材の必要性が理解されていない」と訴えた。

 質疑で、参加者から日本学術会議の任命拒否問題との類似点を問われ、岩井弁護士は直接の言及は避けながらも、「旅券発給拒否の問題は安田さんへの個別的、意図的なもので、政府の憎しみに近いような強烈な措置といえる」と明かした。安田さんは、コロナ禍で日本人が多数の国から入国禁止措置を受けている現状を踏まえ、旅券法13条1項1号が「日本人全員に該当してしまう」とこの条文の矛盾を突き、条文自体がもはや時代遅れとなっている点を強調した。
 コロナ禍で世界が大きな転換点を迎える今、安田さんへの旅券発給拒否問題は実は、日本国民の誰もが標的になりうる深刻な問題をはらむのだと、改めて認識を新たにした。
高橋弘司(横浜国立大学准教授、元毎日新聞カイロ支局長)
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年1月25日号
posted by JCJ at 02:00 | 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする