2021年02月21日

【今週の風考計】2.21─<小林多喜二と伊藤千代子>2人の生涯に思いをはせる

昨日20日は、“多喜二祭”─今から88年前、1933年2月20日、都内の路上にいたプロレタリア文学の旗手・小林多喜二が、スパイの通報によって特高警察により逮捕。同日夕方、東京・豊多摩刑務所で殴る蹴る、歯や指を折るなどなど、凄惨な拷問により虐殺。29歳の短い生涯が閉じられた。

この虐殺に至る背景には、1925年制定の治安維持法と特高警察による、人民弾圧の暴虐の歩みがある。
 制定3年後の1928年3月15日未明、特高は全国で数千人の反戦主義者を逮捕する大弾圧をおこなった。多喜二は、この「3・15事件」で行われた過酷な拷問を聞き、世間に国家の横暴を訴える作品『一九二八年三月十五日』を完成させている。
 実は、これによって多喜二は特高から恨みをかい、以来、尾行が着きスパイが送り込まれることになる。

名作『蟹工船』を刊行した1929年には、皇軍を批判したとの理由から治安維持法違反で起訴され、豊多摩刑務所に収容。1931年1月22日、保釈出獄。多喜二は、3月から約1カ月間、密かに丹沢・七沢温泉に滞在し、作品『オルグ』を執筆。
 今から2年前、わが山仲間と丹沢・鐘ヶ嶽を登った時、帰りに訪れた七沢温泉「福元館」、その離れにある多喜二が執筆していた部屋を思い出す。そして投宿してから僅か2年後の1933年には虐殺される。

さて多喜二の虐殺から遡ること3年7カ月、1929年9月24日、特高による弾圧・拷問の影響で24歳の短い生涯を閉じた女性がいる。その名は伊藤千代子。
 諏訪の農家に生まれた伊藤千代子は、アララギ歌人・土屋文明の薫陶を受けた少女時代を経て、東京女子大学で学び、男女平等、女性の自立、反戦平和の活動に青春をささげる。紡績工場で働く女工の過酷な労働環境の改善に向けた闘いに取り組む。
そして運命の「1928年3月15日」朝、23歳の伊藤千代子は、重要文書のガリ切り原紙などを、届けに出かけた印刷所の玄関先で、特高に逮捕される。
 市ヶ谷刑務所に収監、拷問により転向を強要されるが拒否し続ける。拷問で痛めつけられるものの、侵略戦争に反対し、主権在民、ジェンダー平等の社会を目指して志を貫く。その生涯や尊し。
 いま劇映画「こころざしつつたふれし少女よ 伊藤千代子の生涯」の製作が進む。(2021/2/21)
posted by JCJ at 07:00 | 【今週の風考計】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする