全国で初めてヘイトスピーチの言動に刑事罰を科す川崎市の差別根絶条例が2020年7月1日に全面施行された。「殺せ」「出ていけ」など、それまで発せられていた罵声は影を潜めた。とはいえ、条例施行後も街宣活動を続ける差別扇動団体に対して、地元の人たちは不安感をぬぐえないでいる。
こうした中で、一貫してヘイトスピーチを非難し、追及する記事を書いてきた神奈川新聞の石橋学記者に対し、スラップ(恫喝)訴訟が2019年に起こされている。訴訟の主は佐久間吾一氏。ヘイトスピーチを繰り返してきた「在日特権を許さない会(在特会)」を母体に生まれた「日本第一党」とつながりのある人物だ。佐久間氏の演説内容を「悪質なデマ」と報じた神奈川新聞の記事に対し、名誉を棄損されたとして記者を訴えたのだ。
これまで在日コリアンへの悪意に満ちた誹謗中傷と敵視を繰り返してきた団体が、ヘイトスピーチを続ける。その実態を暴いた石橋記者への脅しである。訴訟は新聞社ではなく個人に140万円の損害賠償を求める不当なものだ。
石橋記者はこの訴訟について「差別は人間の尊厳を踏みにじる。標的にされているマイノリティーの絶望は計り知れない。プロであるはずの私たちは事実を集めて報道し、矢面に立つべきだ」と訴えている。
佐久間氏はさらに、自身を批判した石橋記者の別の記事で名誉を毀損されたとして、屋上屋を重ねるように140万円の損害賠償を求める訴訟を昨年末に新たに起こした。
スラップ訴訟はアメリカにおいて言論の自由に圧力をかける民事訴訟として生まれた。狙いは立場の弱い個人に的を絞り、訴訟で圧力をかけ、言論を封殺することにある。近年、日本においてもジャーナリストや市民団体などを相手取り、意見や批判を封じ込めることを目的として起こされ、問題となっている。
裁判に持ち込んだ時点で被告に苦痛を与えることができ、勝ち負けにこだわらず妨害目的が達成できるという狡猾なやり方でもある。スラップ訴訟は一人の記者へだけでなく、メディア全体への攻撃である。
日本ジャーナリスト会議は、スラップ訴訟にひるむことなく健筆をふるう石橋記者を全面的に支援するとともに、ヘイトスピーチを続ける差別扇動者・団体と断固として闘う決意をここに明らかにする。