2021年05月17日

【追悼】権力監視 舌鋒鋭く 前週刊金曜日発行人・北村肇さん偲ぶ会=澤田猛

                                  
210404  北村肇さん遺影(明珍美紀撮影).jpg

 毎日新聞から「週刊金曜日」に移り、同誌の発行人、社長を務めた北村肇さん(2019年12月23 日死去) を偲ぶ会が、毎日新聞東京本社のホールで4月4日に行われ、友人の一人として出席した。新型コロナウイルス禍で延び延びになっていたが、オンライン参加を含め、友人、元同僚らが北村さんの功績と足跡を振り返った。
  北村さんとの出会いは1970年代後半。毎日新聞社の経営破綻から新社方式に転換して新聞発行を継続していた再建闘争の期間中のことだった。 北村さんは当時、社会部の警察担当、私は静岡支局員。再建闘争に熱心だった私たちは申し合わせて毎日新聞労組の当時の委員長と書記長をJR上野駅近くに喫茶店に呼び出し、再建闘争の在り方について異議申し立てをした。
 以後、職場が異なっても折に触れて会話を交わすようになった。新聞社を退職後、週刊金曜日の編集長、さらに発行人になってから、私は何度か北村さんに講演を頼んだ。JCJの代表委員だった斎藤茂男さんの生前遺言で、「メディアの仲間を横断的につなごう」と約20年続けた懇談会(現在、休会中)があり、私はその万年幹事。講演内容を詰める最後の打ち合わせで8年前に会ったとき、「70歳までは働くよ」と力を込めて笑顔で話していた。その後、がんを患い、古稀を祝う前の67歳で逝ってしまった。さぞや無念であったろう。
 週刊金曜日に転職後は大手メディアという鎧や兜がなくなった分、権力監視への舌鋒が鋭くなった。居場所を得た人間の輝きとでも言えようか。イエロージャーリズムが跳梁跋扈するご時勢だ。週刊誌では唯一の硬派ジャーナリズムを自任する同誌を今後も応援する一読者でありたい。私の言葉を北村さんは黄泉の国でどう受け止めるだろうか。
 澤田猛(毎日新聞社記者OB)
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年4月25日号


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