本書は、著者がNHK ディレクターを定年退職後、同人誌に書いた仕事や生い立ちに触れた文章を、4章に分けて収録・構成している。
最初の「ディレクターの仕事」の章には、冒頭に作家大岡昇平を迎えた「NHK教養セミナー」 終戦記念日特集の制作体験が置かれている。それも、著名な作家との出会いと交流が強い印象に残った体験である以上、きわめて自然な配置だ。
ところが著者自身のご子息の死と深く関わった企画だったことが、文末にさりげなく語られているのも切ない。
「教育を問い直す」の章では、NHK定年退職 後に就いた大学教授の体験が「研究者としての訓練も教員の経験もない実務者あがりの教員」と謙遜しつつ語られている。林竹二など著名な教育学者と一緒に制作した番組を通して、身に着けた教育論をベースに、学生たちの「人間的成長」を願って、正面から向き合い格闘する誠実さが潔い。
「記憶の淵より」の章は「生い立ちの記憶」だが、著者の人生を決めた原点が小林多喜二の作品や社会科学にあるとの記述は、ますます亡き著者に親近感を抱いた。
最後の「いのちにふれる日々」は、著者の闘病記。ここにも家族への細やかな気づかいが満ち溢れ、私たちが気づかなかった優しい人がいた。(あけび書房1800円)


