2021年07月01日

【リレー時評】「金大中氏拉致事件」に遭遇して=山口昭男(JCJ代表委員)

昨年来のコロナ禍で大学の授業もリモートが主流になり、新入生も大学構内に入れない事態が続いていた。振り返ってみれば、私の大学時代も構内に立ち入れない時期があった。
 いわゆる「大学紛争」期の大学封鎖によってである。団塊の世代の最後に当たる私が大学に入ったのは1969年。そして70年安保闘争が起き、大学立法は国会に上程され、大学は自治能力をなくしていた。
 構内には立ち入れず、もとよりリモートなどない時代であるから、授業はなく、試験はすべてレポートになった。ゼミは近くの喫茶店などで行うのが日常であった。こうした環境だったから、当時の学生はほとんどが社会に対して、政治に対して少なからぬ関心を持っていた。

 私はといえば、4年になっても就職についてあまり執着していなかった。就活などという言葉もなかった。会社人間になって一生歯車のように働くのは嫌だと思ったし、団塊の世代で人数は多かったが、時代は売り手市場でもあったから、何とかなるだろうと楽観もしていた。
 そんな時、家族ぐるみの付き合いがあった当時一橋大学学長だった都留重人先生から、岩波書店が社員を募集しているから受けてみないかと言われた。出版社なら少しは自由かもしれない、落ちてもともとと思い受験した。そして幸運にも合格できた。

 1973年入社してすぐ『世界』編集部に配属された。当時決められたことをする以外は、何をするにも指示はなく、好きな人に会い、好きな取材をし、自由に動き回ることができた。自由な環境の下で「社会に生じている矛盾を掘り起こし、人間の運命にかかわる仕事をする。それが自分の役割だ」などと意気がっていた。しかし、入社して3か月目、自らのそうした甘い考えを吹き飛ばすような事件に遭遇した。
 それが「金大中氏拉致事件」である。後に大統領となる金大中氏は、当時韓国の野党の大統領候補で、人気のある政治家だった。その金大中氏に『世界』編集部がインタビューをした。

 当時の私の手帳には「7月18日(水)午後2時30分 金大中氏インタビュー 於ホテルグランドパレス2212号室」と書かれている。ところがその記事が載った『世界』9月号が発売された当日の8月8日に、そのホテルから金大中氏は白昼堂々何者かによって拉致誘拐されたのである。
 幸い殺害はまぬかれ、一週間後にソウル市内で傷だらけの状態のまま発見された。次第に事件はKCIAによるものということが明らかになっていった。
 この入社3か月目の出来事は、私に大きなショックを与えた。ジャーナリストとしての緊張感を強く感じた事件だった。そして自分の考えの甘さとやっていることの大きさを感じた事件でもあった。
 あれから半世紀近くが経ち、今の政治の退廃、社会の弱体化を見るにつけ、私が20代前半に感じた緊張感をいま一度取り戻さねばと思っている。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年6月25日号
posted by JCJ at 01:00 | <リレー時評> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする