2021年07月09日

【おすすめ本】魚住 昭『出版と権力  講談社と野間家の一一〇年』─講談社の秘蔵資料から軍部との関係に光を当てる=萩山 拓(ライター)

講談社に眠っていた約150冊の秘蔵資料を読み解き、講談社の歩みのみならず、出版史の欠落を補った浩瀚な力作だ。
 創業者の野間清治は、講談をベースにした雑誌「雄弁」を創刊。その成 功を跳躍台とし、<日本の雑誌王>へと飛躍。だが雑誌王国・講談社の蹉跌は、初代・清治が病死した1938(昭和13)年10月以後に訪れる。
 つまりアジア・太平洋戦争下において、講談社が軍部へ協力・迎合していく歩みである。「第七章 紙の戦争」の扉写真にも出てくるが、出版統制を指揮した内閣情報部の鈴木庫三陸軍中佐との関係である。

 社史『講談社の歩んだ五十年』には<書かれざる部分>として秘されてきた顧問団への謝礼金額が典型である。1941(昭和16)年2月、鈴木庫三中佐から陸軍御用達″の知識人14人を講談社の顧問団として、受け入れるよう迫られた。
 やむを得ず顧問団は社外の事務所に置くことを条件に受け入れる。かつ顧問団への「謝礼の総額は月に五千三百円〜四千二百円、年額では五万円前後に達する。今でいえば数千万円から一億円前後に相当するとみていいだろう」と、著者は初めて本書で解明する。
 「第八章 戦時利得と戦争責任と」では、第4代・省一社長が誕生した1941(昭和16)年7月以降も、鈴木庫三の提案で皇国文化協会が創設され作家の動員に協力。
 軍部が強行する出版の事業統制・用紙の重点配給に際しては、軍部からの優遇を受け、戦意発揚の新雑誌を次ぎ次ぎと創刊して国策にこたえる迎合ぶりだ。
 この1941年から敗戦までの4年間の講談社の歩みを辿った叙述こそ本書の白眉である。(講談社3500円)
講談.jpg
posted by JCJ at 01:00 | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする