2021年08月23日

「平和」と銘打った広島市条例に疑問と批判 賛否両論「式典を厳粛に」被爆者団体などは「言論の自由侵害する」=宮崎園子

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《平和》と銘打った条例が、広島市議会(写真上)で成立した。米軍の原爆投下から76年、「平和都市」広島市民の代表である市議会が初めて議会発案で制定した「平和推進基本条例」。しかし、内容や成立過程において、被爆者団体や平和団体、専門家らの意見は蔑ろにされた。「平和」がスローガン化した被爆76年の広島。3月末までは全国紙記者として記者席で、4月以降は一市民として傍聴席で市議会の審議を見てきた筆者に条例は象徴的に見える。宮崎園子(広島支部)

「憲法という言葉がなく基軸が見えない」「今この時に条例を制定する意味は」
 6月定例会最終日の6月25日、2日前に上程された条例案について、野党会派の2議員が反対討論した。だが、その後議論はなく、条例案はわずか30分で賛成多数で原案通り可決。この日までの流れには紆余曲折があった。
 市議会は当初、被爆75年を意識し、2020年度内の成立を目指してきた。各会派代表でつくる政策立案検討会議は2年間の議論を経て今年1月に素案を公開。約1カ月間市民意見を募り、600近い市民・団体から1千項目超の意見が寄せられた。
 平和団体などが問題視したのは主に3点。条例での平和の定義が、核兵器廃絶や武力紛争に限定されていて狭小である(第2条)▽平和の定義を核兵器廃絶に事実上限定しているのに、「核兵器禁止条約」への言及がない▽市民の役割を、「市が推進する平和施策に協力する」と、義務づける条項がある(第5条)––ことだった。「核禁条約発効の年に、広島の条例として世界に出すのが恥ずかしい」。NPO法人理事の渡部久仁子さんは言う。
 意見が最も寄せられ、賛否が真二つに割れたのは、8月6日の平和記念式典を厳粛の中で行うとした第6条2項だった。これには伏線がある。

 拡声器の是非

 式典中、原爆ドーム周辺では、政府の核政策に抗議するデモ団体が、拡声機でシュプレヒコールをあげながら行進し、機動隊が警備にあたる光景が繰り広げられてきた。こうした中、市は、条例規制を視野に、式典中の拡声機使用について市民アンケートを実施。これに対し、被爆者団体や弁護士会が「条例による規制は言論の自由の妨げにつながる」と批判した。
 デモ団体の拡声器使用には、被爆者団体や平和団体の中にも否定的な意見は根強い。「式典の時ぐらい静かにして」との声は、普段取材する中で多く聞く。だが、そんな人々からも反対の声が上がったのは、核兵器廃絶に消極的な日本政府と、核兵器を「絶対悪」とする被爆地・広島との間の温度差がゆえだ。「静かに祈るだけでは平和はこない」「批判できないならまるで戦時中だ」
 式典での内閣総理大臣は、国連で採択された核禁条約に触れない形式的あいさつを繰り返してきた。政府は、条約を批准しないどころか、核兵器先制不使用方針を示した米政府に抗議するなど、核抑止力に依存し続ける。
 式典のあり方を問題視するデモ団体側と市側は、音量調整などの協議を重ねてきたが、協議は膠着。そんな中浮上したのが、今回の平和推進基本条例案だった。
当然、式典の「厳粛」規定に注目が集まった。
 「厳粛」規定を支持する市民団体「静かな8月6日を願う広島市民の会」は、SNSを使って市民意見の提出を呼びかけた。石川勝也代表は、「8月6日は静かに手を合わせて祈りを捧げる日。政治的主張をする場ではない」。

 「歴史的な愚策」

 一方、長く被爆者援護に取り組んできた田村和之・広島大名誉教授(行政法)は、「平和都市の自己否定というべき歴史的な愚策」と痛烈に批判する。「基本条例なのに第6条だけは具体的な施策を定めていて異様だ」
 意見の精査に時間がかかり、年度内成立を断念。3カ月で計9回、寄せられた意見を条文ごとに検討した。だが、議員9人の全員一致でのみ意見を採用するとした結果、意見の多くは反映されなかった。その後、核禁条約については発効の事実のみが前文で挿入され、平和団体が問題視した市民の協力義務規定(第5条)は削除された。だが、狭小な平和の定義や、式典「厳粛」規定は残った。
 条例を作ること自体が目的化し、条例の先にどういう市民社会づくりめざすのか、広島から訴える平和とはどういうものなのか、市民を巻き込んだ深い議論がないまま出来上がった条例。被爆者なき後、広島の街は、何を背骨として生きていくのだろうか。そのことがいま、改めて問われている。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年7月25日号
posted by JCJ at 01:00 | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする