私たちは3月、『NHKの自立を求めて―「放送を語る会」の30年―』を刊行した。1988年秋、「天皇下血報道」の電波ジャックに強い危機感を抱いた放送労働者が活動を始め、2001の「ETV2001」番組改変事件、2014年に就任した「籾井NHK会長罷免運動」など、NHKをめぐる大きな事件に多くの市民団体と連携して取り組んできた。その運動を通じて私たちが一貫して求めてきたもの、それが「NHKの権力からの自立」だった。
願い逆なでする
理事者の返本
ところが、この書籍の献本をめぐり、私たちの願いを逆なでする事態が起こった。出版直後、NHK経営委員全員、会長ほか理事全員、日放労中央及び全国10支部・系列に献本した数日後、NHKから「高価なお品でございますので一冊のみ頂戴し、他はお返しさせていただきます」との手紙を付けて理事者宛の10冊余りが返送されてきた。経営委員からの返本はなかった。放送現場から、「Kアラート」などと揶揄されながら政権の意向の忖度には汲々とする一方、視聴者・市民の声には一顧だにしない経営姿勢が露わで、私たちの怒りを誘った。
ネトウヨ用語を
解説委員使う
NHKの権力からの自立を疑わせる事例は、最近も私たちはいくつか目にしている。1月27日放送「ニュース シブ時」。岩田明子解説委員が、佐渡金山の世界遺産登録をめぐり、「岸田総理は『歴史戦』チームを結成し、登録に向けた準備を本格化させたい考え。韓国側が展開する主張に対して『歴史戦』チームがいかに機能するか、推薦決定に向けた岸田総理の決断が注目される」とコメントしてネットで炎上した。「歴史戦」は雑誌「正論」、「Hanada」、「Will」などでよく使われるネトウヨ用語で、それが公共放送NHKでいとも無造作に安易に使われた。政権の思考に身も心も染まったNHK解説者の姿に仰天したのは私たちだけではなかった。
政権圧力に屈し
受信料引き下げ
就任時は受信料値下げに消極的だったNHK前田会長だが、度重なる菅政権の圧力に屈して昨年1月12日、「700億円節減して受信料を引き下げる」と発表した。
今年6月3日には、受信料値下げ策が盛り込まれた改定放送法が国会を通過した。受信料の繰越剰余金の一部を積み立てて値下げ原資にす「還元目的積立金制度」を新設、その計算額は「総務省令で定める」とされ、政府がNHK予算に口出しできる手がかりが作られた。前田会長「(今まで)値下げのルールがなかったので明確になる」とあっさり容認してしまった。制度的にもNHK予算編成に政府が関与する道が開かれた。
受信料制度廃止
課金制度移行も
受信料制度そのものも安泰ではない。昨年11月にスタートした総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」では、主要検討項目の一つに「放送制度の在り方」を挙げている。3月末には「放送法令等の制度において必要な措置を講ずるべき」と論点整理した。
NHKのモデルともいわれるBBCもイギリス政府が受信料値上げを凍結、2028年度以降、受信料制度の廃止・課金制度への移行を検討している。放送だけでなくネット配信も視野に入れた受信料制度の検討を迫られている今、NHKは、政権の意向を忖度し政府広報のような放送を続け実質国営放送の道を歩むのか、受信料で支える視聴者の側にしっかり立つ公共放送としてとどまるのか、その岐路に立たされているのではないか。
小滝一志(放送を語る会)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年6月25日号
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