台湾ほど複雑な「国」はない。事実上の独立国なのに、国際社会では国家として扱われない。これほど平和的な国民も珍しいのに、米中という対立軸の最前線で、戦争の危機にさらされている。
台湾を見る世界の目もまた込み入っている。日本の保守派は反共産党の盟友として熱い視線を送り、リベラル派は女性議員クオータ制や同性婚の容認という先進性に、日本の後進ぶりを重ねる。
著者は現在、朝日新聞台北支局長として、米中対立の狭間にある台湾を取材している。新聞記者の本らしく、本書は台湾の生の声がよく伝わる内容・構成になっている。
書名は「台湾がめざす民主主義」だが、実は日 本がめざすべき政治の姿が、いまの台湾にあることが分かる。本書はその象徴であるデジタル担当相オードリー・タン氏の個人史と思想を本人・家族の取材から明らかにしながら、「台湾的民主主 義」の核心を提示する。 それは権力と市民の相互信頼である。
新型コロナの流行開始直後、タン氏が民間プログラマーと協力してネットの無料マスク供給地図を作った逸話や、市民からの指摘でワクチン予約プログラムを素早く手直しした実例は、タン氏自らが言う「異なる立場の人の心情を理解する努力」が、いかにテクノロジーと相まって台湾の民主主義を進めたかを物語る。
いじめや不登校、そしてトランスジェンダーの告白という経験を経て、タン氏が体現する相互信頼のための「他者を理解しようとする努力」が台湾にあって日本に決定的に欠けているものだと本書は気づかせてくれる。(大月書店1800円)
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