2007年07月21日

米下院外交委 慰安婦決議案を可決「日本政府は責任を認め公式に謝罪を」

<本ブログ立ち上げ準備用サンプル記事>

 報道によると、26日、米下院外交委員会は「従軍慰安婦問題」をめぐって、日本政府に責任を認め公式に謝罪するよう求めた決議案を一部修正の上、39対2の賛成多数で可決した。(→東京新聞/共同通信)

 ペロシ下院議長は、同案を提出したホンダ議員について「慰安婦支援のための疲れを知らぬ活動、世界の正義・人権のための闘いは称賛すべきものだ」(時事通信)と述べ、本会議での採決に強い意欲を示しているという。 決議案を提出したホンダ議員(同党)は、7月第2週か第3週に本会議にかけられる、との見通しを示しているというが、今回は採決されれば可決される公算が大きい。もし本会議で可決されれば、米ブッシュ政権をまるで総本山のように仰いで屈従してきた自公連立政権にとって、大きな試練となるものと予想される。

 ペロシ議長は、「日本は米国の貴重な友人であり、環境保護や世界の貧困層のための人道支援などの分野で主導的な役割を果たしているが、慰安婦問題ではなおなすべきことがある」(時事通信)と指摘し、「過去の過ちを認識し、未来の世代を教育するのに遅すぎるということはない」と強調したという。

 この件について外務省の谷内正太郎事務次官は、25日の記者会見で、「首相が4月末に訪米した際に心からの同情と申しわけない気持ちを表した」(朝日新聞)と述べ、「日本の立場に関する我々の説明努力と採決が関係あるとは思わない。米議会が判断することで、私が付け加えることはない」(同)と語っている。

 また加藤良三駐米大使は、20日の記者会見で、「客観的事実に基づかない決議案の採択は日米関係にとって良いことはないという立場を言ってきた」(毎日新聞)と述べて、遺憾の意を示している。同大使は、14日付のワシントンポストに日本の超党派国会議員44名らが「旧日本軍が強制的に慰安婦にさせたとする歴史的文書は見付かっていない」とした内容の全面広告を出した件について、「米政府や議会関係者の一部から照会や連絡があった」(同)ことを明らかにしていた。

 この全面広告など「強制性を示す文書はない」とする日本側の一部の動きが、米議会関係者はじめ、さらに米国内の反発を強めたといわれている。ブッシュ政権のチェイニー副大統領までが強く批判している。昨年は同様の決議案に対して日本側が当時の議長(共和党)に働きかけて採決に至らなかったが、今回は状況がまったく違っている。あの段階で、安倍首相は自陣営の冒険主義を戒めるべきだったのだ。

 振り返れば、安倍首相は今年3月に、国会答弁で「強制性を裏付ける証拠がなかった」と発言、米メディアはワシントン・ポストが首相の「二枚舌」と指摘するなど激しく批判、その波が世界中に飛び火する勢いとなるなか、安倍首相は4月の訪米において、ブッシュ大統領やペロシ下院議長を前にして、慰安婦への謝罪を表明した。

 だが、安倍首相は日本軍による「強制性を裏付ける証拠がなかった」とした発言を明確に撤回せず、また首相の米国での「謝罪」を打ち消すかのように、日本国内では政府・自民党関係者などから「強制はなかった」とする声をあげた。

 そして朝日新聞<慰安婦決議案、米下院委が可決 「公式に認め謝罪を」>の記事が指摘するように、「米国ではこの問題を重要な人権問題と受け止めており、在米の韓国人団体の議員らへの働きかけもあって、決議案の共同提案者は増え続けた。21日にラントス委員長も加わり、計146人(下院の定数は435)に達し」ていくことになるのである。

 きょう(27日)の東京新聞「慰安婦問題で関係きしむ恐れ 米、首相の歴史観に疑念」の記事は次のように指摘する。

<下院本会議で可決されても、短期的には日米関係が急速に悪化するようなことは考えにくい。しかし、理屈よりも感情に流された印象も否めない下院やメディアの反応を考えると、今回の採決は慰安婦問題に限らず、歴史観の見直しに積極的な安倍首相に対する米国の「疑念」の表れという見方ができる>

 安倍首相の歴史観の見直しに対する、米国の「疑念」の表れ―。鋭い指摘である。
 そして続ける。

<米国は日米安保同盟の強化につながる憲法改正などには「関心」を示す一方、歴史観の修正めいた動きには強く反応することが今回の件ではっきりしたといえ、日本がこうした方向に進めば、蜜月だったはずの日米関係はあっという間にきしむことになる>

 この指摘。
「米国は日米安保同盟の強化につながる憲法改正などには『関心』を示す一方、歴史観の修正めいた動きには強く反応する」

 このことを、なぜ安倍氏及びその周辺の人々は理解できないのだろう。なぜ理解しようとしないできたのだろうか。「これじゃあまるで、首相を体験学習しながら、歴史もいっしょに学びなおせと世界からいわれているようなもんじゃないか!」――そんな声が国民から湧き上がってもおかしくない状況である。

 28%程度に落ち込んでいるブッシュ大統領の支持率。次期大統領選では、民主党の候補に投票するとの回答が54%、共和党候補は32%と大きく差が開いている(→時事通信)。

 それでも日本の自公連立安倍政権は、航空自衛隊の派遣を二年延長できる改正イラク特措法を成立させた。
 25日付の中国新聞社説「イラク特措法延長 日本に主体性が欲しい」は言う。

<イラク戦争が始まって四年余り。オランダやイタリアなど多くの国が撤退し、英国までも部隊の縮小を始めている。その中で日本では、陸上自衛隊はすでに退いているとはいえ、突出した印象を与える>

「どんな条件があれば撤収するのかの出口戦略を示すべきだ」「参院で論議を深めるべきだ」との世論を無視して、政府は「イラクの政治・治安の状況や、国連・多国籍軍の活動を総合的に判断して」と言うにとどまった。

 同社説はこの状況を、<様子見をしつつ受け身でしか動けない―と言っているかのような頼りなさである>と指摘する。<どこに主体性があるのだろうか、と失望する>と嘆く。<これでは「イラク支援というより米国支援」と言われても仕方があるまい>

 この「イラク特措法延長」の意思決定に主体性がみられない一方で、なぜか慰安婦問題では「(狭義)の強制はなかった」として、ブッシュ政権のあのチェイニー副大統領までをも怒らせる。いま日本の政権・与党の人々がいう日本の「独自性」や「個性」や「主体性」という言葉、どうも国内向けの奇妙なスローガンに過ぎず、いずれも国際的にはあまり通用しそうにないもののように思えてくる。

(メールマガジン「JCJふらっしゅ」より)
posted by JCJ at 06:18 | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする