2022年11月19日

【おすすめ本】永田豊隆「妻はサバイバー」―「底つき体験」は死を招く 精神科医療の無力告発=松本俊彦(精神科医師)

 これを書く前にAmazonの書評に目を通したら気になるコメントが目に入った。曰く、「著者は振り回されている。イネイブリング(尻拭い行動)をやめて離婚し、奥さんに底つき体験をさせるべきだった……云々」。
 アホか、と思った。本書でも、「精神科に最も偏見が強いのは精神科以外の医療者」とあったが、このコメントもその類いだ。ハンパな知識に知ったかぶりは有害だ。
 確かに一昔前まで、「底つき体験」は依存症支援のキーワードだった。本人を突き放して痛い目に遭わせるのが断酒の第一歩――もちろん、それでうまくいく人もいるが、突き放したら死んでしまう人もいるのだ。生きるための断酒なのに、死んでしまうなんて、まさに本末転倒ではないか。
 なかでもトラウマを抱えている人は難しい。幼少時の虐待や性暴力被害は、人に無力感と、底が抜けたような自己無価値感を植えつける。そのような人にとって、大酒や過食・嘔吐は、短期的には延命効果がある。一時的に苦痛から意識を逸らし、「鎮痛」し、正気を取り戻させてくれる。だから、誰もその行動の良し悪しを裁けない。
 依存症治療に携わる者で、本書を読んで胸が痛まない人などいないはずだ。強制入院は本人には外傷的な体験となるが、さりとて苦悩する家族を見過ごすこともできない。本人の納得と家族の安寧――どちらのための医療なのか。そもそも、「心の医療」を謳う精神科医療には、患者のトラウマの傷を癒やせるだけの術があるのか。
 本書は、単なる夫婦愛の物語ではない。精神科医療の無力を告発し、叱咤激励する書なのだ。(朝日新聞出版1400円)

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posted by JCJ at 01:00 | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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