今般のウクライナ戦争には、正教会が深く関わっていると指摘されている。しかし、わが国では 東方正教会の存在自体が知られていないうえ、ロシアとウクライナが同じ信仰を共有するという複雑な事情から、宗教ファクターがこの戦争に及ぼす影響について、なかなか理解が進んでいない。
そうした中、正教会の成り立ちから現代政治に至るまでの両国の歴史を叙述する本書が現れたことの意義は大きい。特に現代のウクライナ政治と正教会独立問題については、著者自身の立場を活かし、カトリック教会の動向も視野に入れた重層的な記述となっている。
ただし、歴史に関する記述と、ロシア正教会が一種の鎖国状態の中で純粋培養されてきたという点に関しては、いくつかの留保が必要だ。
第一は、現状を過去に投影してはならないということ。ウクライナが現在の形で国家形成されたのは20世紀初頭であり、現在のウクライナ/ロシアという二項対立的な民族意識が形成されたのも19世紀以降で、地域によっては、その差が大きい。こうした点を捨象してウクライナ史を描きだすことは危険である。
第二に巨大な組織を一枚岩的に捉えてはいけないということ。ロシア正教会はビザンツやイタリアとの交流の歴史を持ち18世紀以降のロシア正教会指導者の多くは、ウクライナやベラルーシ地域出身である事実も忘れてはならない。
ロシア正教会をハンチントン流の異質文明として捉えるのではなく、西側社会と複雑に絡み合う過去と現在を持つ経緯を認識して捉えることが、確実な理解への道と言えよう。(KAWADE夢新書890円)
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