2023年01月19日
【JCJ北海道】国民欺いた安倍政権 北海道新聞JCJ賞「消えた四島返還」で講演会 「領土交渉の総括と検証を」=山田寿彦
JCJ北海道支部は11月17日、北海道新聞の長期連載「消えた『四島返還』安倍政権 日ロ交渉2800日を追う」(21年9月刊)のJCJ賞受賞を記念する講演会を札幌市で開いた。北方領土交渉で「四島返還」から「歯舞・色丹の2島返還」へと従来方針を密かに大転換しながら、「失敗」に終わった説明責任を果たさずに国民を欺き続けた安倍政権の対ロ外交を検証し、日ロ関係の今後を展望した。
中心執筆者の一人、小林宏彰記者(元モスクワ支局長、現報道センターデジタル委員)(=写真=)を講師に招き、市民約40人が聴講した。同書を加筆・再編成した長期連載は今年度の新聞協会賞も受賞している。
ロシアのプーチン大統領と27回の首脳会談を重ね、「北方領土問題に必ず終止符を打つ」と大見えを切っていた安倍晋三元首相。外務省を蚊帳の外に置き、官邸主導で進められた日ロ交渉の舞台裏では「歯舞・色丹の2島返還+α(国後・択捉での共同経済活動)による決着」という日本側のカードが秘密裏に切られていた。
大転換の舞台は「日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉加速」で両首脳が合意した18年11月14日のシンガポール会談。会談後、政府高官は「四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するというわが国の一貫した立場に変更はない」と説明。全国紙は「2島先行軸に」(朝日)など、政権は「四島返還」を堅持しているとの見方で世論をミスリードした。
「大転換」のキーワードは「国後・択捉の断念」。事前取材でその感触を得ていた道新は翌日朝刊で「国後と択捉 扱いに懸念」と打ち、翌々日朝刊で「2島+共同経済活動軸」「国後、択捉断念も」と踏み込んだ。
政府が建前として言い続けた「四島の帰属の確認」とは「四島すべてが日本に帰属するとは限らない」という巧妙なレトリックが隠されていたが、大半のメディアがだまされた中にあって、道新は地元紙ならではの取材力で真実に肉薄した。
小林記者は失敗の原因として、@森政権以降の交渉の空白A内政(求心力維持)重視の外交Bプーチン盲信と歯舞・色丹だけなら返すだろうという楽観論C欧米と中国+ロシアが対抗する構図が強まった国際情勢の読み誤り――と分析する。
「日本側が対ロ関係を2国間の問題として考えていたのに対し、ロシア側は中国・米国など世界地図の中で日本との関係の位置付けを考えていた」と振り返った。両国の大きな認識のずれを自覚しない官邸サイドは「領土問題は動く」という期待感をメディアに対ししきりにあおった。
日ロの平和条約締結交渉は一向に進展しないまま20年8月、安倍氏は首相退陣を突然表明した。安倍氏の口から対ロ関係の「大転換」に関する公式の説明はなかった。
退陣後の21年12月17日、安倍氏は道新の単独インタビューに応じ、「100点を狙って零点では意味がない」との倫理で「大転換」を初めて認めた。
ロシアのウクライナ侵攻により、日本は対ロ制裁を発動。ロシアは日本を「敵国」「非友好国」とみなし、「安倍政権が積み上げたすべてが根本から崩れた」(小林記者)現状にある。
「多くのメディアが腫れ物に触るように、失敗に終わった日ロ交渉を安倍氏の遺業に盛り込むことをタブー視するような雰囲気が漂う中、膨大な政治的エネルギーを注いだ安倍政権の対ロ外交とは何だったのか、その記憶が消えてしまうのは国営期の損失」(小林記者)。安倍氏の突然の死は期せずして検証作業の意義を益々高めている。
「安倍氏の死去によりプーチンと本当のところで何を話したのかを知る人がいなくなった。安倍政権で何があったのかを踏まえてロシアとの対話を続けないと、いつの日か領土交渉再開の機会が来たとき、(空白を経て対ロ交渉を始めた)安倍政権と同じ過ちを犯すのではないか」。小林記者は対話の継続と安倍政権の総括・検証の必要性を強調した。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年12月25日号
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