2007年07月30日

自民「歴史的大敗」と護憲運動
亀井 淳

VFSH002501  参議院選挙翌朝(7月30日)の朝日新聞は「自民 歴史的大敗」と大見出しをつけた。 どのくらいさかのぼって「歴史的」と言おうとしているのかはともかく、21世紀にはいって以来の経過をひとつの歴史として見れば、 それは2001年「9・11」以来のブッシュ米国の乱暴きわまる戦争政治に世界が混乱し、特に「小泉・安倍」の日本が追従した、 その約6年の流れに国民が制動をかけたという意味で歴史的に重要な意義を持つ選挙結果だった。

 9・11は対米軍事協力を叫ぶ小泉政権を浮揚させ、翌2002年「9・17」の小泉・ 金正日会談では拉致被害者の問題が国民の感情を揺さぶって、日本型ネオコン(新保守主義)の若いリーダーとしての安倍を押し上げた。
 一昨年9月の「小泉劇場」選挙では都市の青年・中年層などが競って小泉自民に票を差し出す地滑り現象が起きた。「ワーキングプアー」 はまだキーワードではなかったが、失業や半失業、雇用不安、経済格差に悩む人はすでに街にあふれていた。その人びとが小泉を「改革者」 と見て、支持することで上積みのほうへ這い上がろうとしたのである。

 しかし、今回の参院選をめぐる環境は変わっていた。 昨年秋の米国中間選挙はブッシュの共和党が大敗して、アフガン・イラクでの武力行使にノーの答えが出ているし、 北朝鮮問題は6カ国協議で冷静に話し合う枠組みが出来た。格差や貧困をはっきり自覚する人びとが増え、年金不安や税金などの負担増が、 「改革」のまやかしを浮き彫りにした。相次ぐ閣僚の不誠実きわまる言動が、安倍への幻想を払拭したし、地震の際の原発の頼りなさも、 「美しい国」の基盤の脆弱さを印象づけたはずである。

「小泉劇場」の時とはあべこべの、過剰とも言える拒否反応が安倍に対して起きたのである。

「9条改憲」を掲げて昨年9月政権に就いた安倍晋三だが、今次選挙で安倍自民はあえて「改憲」を主要テーマにすることを避けた。 逆風が吹く中で、改憲に否定の結論が出ることを恐れたのだろう。民主党もまたそれを曖昧にした。 党内で憲法をめぐる論議に不統一があることを、あからさまにされたくなかったのではないか。

 そのために、「護憲」をメーン・スローガンとした共産・社民は肩すかしを食う形で脇役に追いやられ、結果として議席を減らした。 マスコミが標榜する「二大政党」論の陰でかすんだせいでもある。
 しかし、東京選挙区では「護憲」「人権」などを掲げた無所属の川田龍平が革新系浮動票を集めて当選し、沖縄選挙区では「集団自決」 問題に関する歴史改ざんに対する島ぐるみ的な怒りが糸数慶子(無所属)を大勝させた。
 護憲・革新の流れが止まっていたわけではけっしてないのだ。

 革新政党も雇用に関する人権や生活権の主張、軍事優先主義の告発(自衛隊の市民活動監視問題の暴露)などが市民の共感を呼び、 結果が民主党の得票につながったという部分も少なくないだろう。

「続投」を宣言した安倍首相は、開票翌日の記者会見で改憲を目指す意図をも持続すると表明した。9条改憲を阻止し、平和・ 民主主義の日本を築こうとする勢力が早急に目指すべきは、今回参院選の経験に学び、近い将来に予想される衆議院選挙に向けて、現実的な 「護憲協同」戦線を追求し、「協同候補」を擁立することであろう。そのためにも、マスコミには今次選挙のより深い、より「歴史的」 な分析が求められる。

07/7/30
亀井淳
URL http://kamei.cside.com

posted by JCJ at 16:34 | TrackBack(0) | Editorial&Column | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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