著者の2冊目の本。前著『Black Box』は性被害を告発するという意図があったためか、文章はやや硬く、真実を訴えようという気持ちが前面に出て痛々しかった。だが本書には、そこから「別の世界」へ踏み出した雰囲気が伝わる。日記体で日常を淡々と綴るやわらかな文章が主体で、読むものを温かな気分にさせてくれる。
とはいえ、そう一筋縄ではいかない。時折、ようやく固まった瘡蓋が剥げかけて、血が滲むこともある。ことに山口敬之氏と対峙しなければならない裁判の後の記述などは、唇を嚙んで耐えなければならない記憶の甦りが切ない。それでも著者はサバイブからライヴへ、「生き延びる」ことから「生きる」ことへと歩を進める。新たな模索が始まっていく過程を、本書は極めて丁寧に書き綴っていくのだ。
むろん、あんな事件に遭遇したことを記憶から消し去りたい。しかし、一方で、もしあの事件がなければ、いま自分を支えてくれている素晴らしい人たちとの邂逅もあり得なかった。そう思えば起きたことをを丸ごと引き受けようとも考えるのだ。
人間のつらさは、分かりあうことが難しいということでもある。著者は恋をする。そして一緒に住むことを決めた男性と、同居寸前に別れることになる。なぜ別れなければならなかったのかについても、著者は隠さずに記す。明るいだけの日記風エッセイに終わらせない決意と、知らなかった世界へ踏み出す意欲がそこから見えてくる。
本書は、ジャーナリストとして歩み始めた女性の、不退転の決意の書であるともいえる。(岩波書店1600円)
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