死刑囚だった袴田巌さんの再審開始が確定、無実の公算が強まった。嬉しいことだが、一方で袴田さんの長き残酷な時間を考えると暗澹たる気持ちになる。命は救われたとはいえ、壊された心を取り戻す術はない。死刑という制度そのものに大きな疑問が湧くのだ。季節が巡るのが自然の理ならば受け入れるしかない。だが人間が作った制度であれば変えられる。いや、制度が理不尽であれば人間が変えなければならない。それを率直に語ったのが本書である。
本書は昨年6月の発行だから直接袴田さんの再審確定には触れていないが、作家の直感は鋭い。むろん袴田事件にも触れている。
著者はかつて「死刑存置派」であった。それがなぜ「廃止派」に変わったのか。本書は死刑を巡る思考の旅。他人の死をどう感受できるか。親しい人や肉親を失う感覚と赤の他人の死とでは受け止めが違って当然だが、被害者側の応報感情を単にヒューマニズムで否定できるか。著者の思考は「死をもって罪を償う」という日本文化の底層に潜む価値観や、絶対神の存在しない宗教的背景にまで及ぶ。その思考過程から日本社会の状況が浮かび上がる。きわめて率直に「社会の側の怠慢を問わなくてよいのか」と自らに問う。「冤罪」にも触れる。「廃止論」が見えてくる。
個人的に言えば、私は『日蝕』以来の著者の熱心な読者で、カズオ・イシグロとの同時代性を感じている。村上春樹世代の次のノーベル文学賞候補ではないかとも思う。その著者の死刑廃止論、これは心に響いた。(岩波書店1200円)
この記事へのトラックバック


