2023年06月10日

【焦点】世田谷区 区史発刊で対立 大学教員 執筆者の権利奪う 不当労働行為で都労委へ=橋詰雅博                 

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  東京・世田谷区の区史発刊を巡り区は執筆するはずだった青山学院大学文学部史学科準教授・谷口雄太氏=写真=と対立を深めている。
 この問題の経緯はこうだ。区制施行90年を記念して地域の歴史を書いた区史を新たに作成するため区から編さん委員を2016年に委嘱された谷口氏は、唯一人の専門家とされる世田谷を支配した吉良一族の盛衰を含め中世史部分を担当した。執筆に向けて翌17年から調査・研究活動を始めた。ところが今年2月に事前の話し合いもなくいきなり40人の編さん委員に執筆の条件として区史(24年から各部門を順次発刊)の著作権無償譲渡に加えて著作者人格権の不行使(行政が無断で原稿内容を変えても文句は言えない)の契約を締結することを区は要請した。40人のうち一人は他の仕事があるという理由で辞退し、谷口氏だけが契約を拒否した。

史実の書き換えも
 谷口氏はこう説明する。
 「著作権の無償譲渡は民間なら大きな問題になりますが、自治体の場合、執筆者らに無償譲渡を求めることはよくあります。行政ならヘンな行為はしないだろうという性善説に立つので執筆者らは承諾するケースが多い。問題は著作者人格権不行使の要請です。認めてしまえば、区の学芸員らの解釈で史実が書き換えられる、あるいは削除されても抗議はできないし、修正も受け付けてくれません。著作権譲渡と著作者人格権不行使の2つを求めた自治体は世田谷区が初めだと思う。歴史修正につながり、悪しき世田谷モデル≠ェ自治体に広がる可能性もある。撤回してもらいたい」
 実は区は区史発刊に向けた準備として17年8月に冊子『往古来今』を作ったが、執筆者の谷口氏が著作者人格権と著作権の両方を侵害したとして抗議した。谷口氏は「人格権侵害については原稿を800カ所修正、著作権侵害の方は『世田谷デジタルミュージアム』に冊子を無断で転載」と問題点を指摘した。これに対して区は著作者人格権を含む著作権について誠実に対応すると答えた。
 その約束≠反故にするやり方の背景には「2つの権利を奪えば、執筆者とのトラブルは防げる」(谷口氏)という区の強引な姿勢がうかがえる。20年に区史を発行した港区は柔軟な対応をしている。改訂の可能性があると執筆者が反対したため著作権譲渡を取り下げた区は、独自判断で転載と引用だけはできるということで執筆者と合意した。

労組の支援受ける

 谷口氏は区史編さん担当職員と2月末に話し合ったが、不調に終わる。協議を打ち切った区は3月31日に谷口氏の委員を解任した。谷口氏は調査・研究の成果を発表する場を失った。
フリーランスとして業務委託契約を区と結んだ谷口氏は、フリーランスの編集者らが集まるユニオン出版ネットワーク(略称出版ネッツ)に入った。世田谷区による編さん委員の解任と正当な理由がない話し合い拒否について谷口氏への不当労働行為と判断した出版ネッツは、4月中旬に東京都労働員会に救済を申し立てた。
 谷口氏は「『区長選挙が終わったら対応したい』と保坂区長は言ったそうですが、いまだに何もありません。区長が世田谷モデル撤回を決断すれば問題は解決します。区政に汚点を残したくないならぜひそうしてください」と訴えた。
 4選を果たしたリベラルが売り物の保坂区長、どうする。
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年5月25日号
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