たまたま入った書店でこの著者の『ジョーカー・ゲーム』をなんとなく購入したのがもう15年ほど前か。以来、柳広司という名前を見るとすぐに購入してしまう、私のお気に入りの作家である。その新作が、沖縄現代史に真正面から取り組んだ力作。おお、私の見立ては間違ってはいなかった。この著者が弱者の視点、もしくは抑圧される側への共感を持っていると感じていた私の感覚は正解だったのだ。
本書の主人公は3人。詩人の山之口獏と政治家の瀬長亀次郎は沖縄出身者、もうひとりは英文学者の中野好夫。その3人が本書の中で互いに関係を持つわけではない。小説とはいいながら、まるでノンフィクション作品のように、淡々とその生き方を記述していく。なぜこのような小説の形をとったのか。多分、それは妙なフィクションを混ぜれば彼らと沖縄との関わりに濁りが生じてしまうと、著者が思ったからだろう。沖縄を出て、東京の貧乏暮らしの中で詩を書き続ける山之口、米軍支配に屈せず、ひたすら沖縄住民の熱い意志の代弁者になろうと奮闘する亀次郎。そして東大の英文学教授を辞し、沖縄へ心を寄せて本土にはなかった「沖縄資料センター」を創設して沖縄の現状を発信し続けた容貌魁偉で叡山の僧兵とあだ名された中野。この3人の行動が、交互に記述される。
人間的魅力の塊のような3人が、それぞれ別の空間で沖縄と関わろうとする姿は、こういう形式でなければ表現できなかったのかもしれない。ノンフィクション・ノベルというジャンルがあるのなら、その傑作だ。
(小学館、1800円)鈴木耕(編集者)
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