<オレを殺したのは誰だ>─。安倍晋三元首相銃撃事件の山上徹也被告はツイッターにそう書き込んだ。事件の2年前だ。
そう、彼は、生きながらにして殺されていた。幼いころに父親が自死、中学生の時に母親は統一教会に入信した。家庭は一挙に破綻に向かう。
統一教会へ献金するために借金まみれとなり、自宅も売却された。有名進学校に進みながらも、大学進学を諦めざるを得なかった。病弱だった兄も自死した。事件の2カ月前に、彼はこんなツイートを残す。
<何をどうやっても向こう2〜30年は明るい話が出て来そうにない>
自分を「殺し」、家族を破滅に導いた「本当の敵」を探し続けた彼が、 辿り着いた地平に、統一教会と関係の深い元首相の姿があった。
山上被告とは何者だったのか。まるで我がことのように必死で答えを探るのは、山上被告と同じロスジェネ世代、宗教2世でもある五野井郁夫さんと日本社会のファッショ化に警鐘を鳴らし続けてきた池田香代子さん。
二人は山上被告のツイートを詳細に掘り起こし、彼が生きた時代の風景を炙りだす。事件に便乗し浮薄なコメントを垂れ流すだけの「山上論」とは違い、誠実で真摯な議論が印象的だ。寄り添うわけではない。けれども突き放すだけで済まない山上被告の過酷な人生に思いを馳せ、絶望に追いやった「報われない社会」を厳しく批判する。
五野井さんは言う。絶望から人を救うのは「誰も取り残されない社会」「尊厳や搾取を許さない社会」だと。そこに私は小さな希望を見出す。(集英社インターナショナル1600円)
この記事へのトラックバック