1986年に刊行された久田恵『サーカス村裏通り』(JICC出版局)は、4歳の子供と共にキグレサーカスの賄いとして働いたシングルーマザーの奮闘ぶりと、サーカスの舞台裏を活写、後にテレビドラマ化され、大きな話題になった。
本書の著者は久田の息子。サーカスで一年あまり暮らした「サーカスの子」である。本書はそれから40年ほど経って、かつて共に過ごした元団員たちを訪ね、彼らのサーカス時代はもとより、サーカスを去って以降についてもじっくりと聞き出し、その後の生きざまを丁寧に追った、重厚な人間ドキュメントである。
これはサーカスの子でしか書けないものだ。元団員たちが取材を快く応じているのは「どんな短い期間であっても、同じ釜の飯を食った仲間は、一生仲間であり続ける」というサーカスで生きる人たちの不文律に従っているからだろう。元団員たちは、ありのままの人生をふり返り、それに対する今の思いを素直に語っている。
仮に同じ人たちに私が「サーカス学会会長」としてインタビューを試みても、本書のように腹を割って語ってはくれなかったろう。
最初に登場する元団員が、「サーカスで生まれ育った人たちがサーカスを出たあと、どんな思いを抱き、どんな苦労をするか、そういうことも知って欲しい」と著者に問いかけているが、本書はそれに十分答え、丹念にその後を追っている。
彼らがふり返るサーカスの世界は夢の世界であり故郷だった。しかし、彼らの生きたキグレサーカスは、23年前に倒産し存在しない。故郷もまた夢の世界になってしまったのだ。本書はサーカスの世界を見事に描ききった力作である。(講談社1900円)
この記事へのトラックバック

