2023年08月21日

【おすすめ本】信濃毎日新聞社編集局『土の声「国策民営」リニアの現場から』―都会の利便主義に翻弄される地方の姿 報道の原点 現場と住民からの告発=野呂法夫(東京新聞)

 新聞記者を目指した学生時代、「鳥の目、虫の目」の必要性を説かれた。報道の現場に立つと、水(時代)の流れを見て動く「魚の目」を知る。そして今、新たに「土の目」の大切さを教えてくれたのが本書だ。
 東京―名古屋―大阪間を約1時間で結ぶ「夢の超特急」リニア中央新幹線建設に伴う長野県南部の問題点を明るみに出して、昨年のJCJ賞を受賞した信濃毎日新聞の好企画の書籍化である。
贈賞式でも講評されたが、徹底した現場主義と住民視点という報道の原点がある。読後まるで自分が現場を歩き、住民から話を聞いたかのような錯覚をしたほどだ。

「集落消滅」の項は飯田市の新駅建設で立ち退く住民の苦悩、JR東海の民間事業なのに全国新幹線鉄道整備法に基づき用地交渉を肩代わりする自治体の戸惑いを描く。
 ルートの大半がトンネルだが、「残土漂流」では大量に出る残土の活用・処分先は3割に留まると指摘。土石流の危険がある沢や川が残土置き場候補に挙がる住民不安に対し、建設推進の立場の県の態度はあいまいだ。
 安倍政権下の2016年に国の財政投融資3兆円を受けて「国策民営」事業となった。だが工事現場で起きた労災事故の公表に消極的で、速さの代償としての消費電力は大阪開業時「1時間当たり片道8本運行の想定で約74万`h」と原発1基分に及ぶが、JR東海が十分な情報公開と説明責任を果たさないことを一貫して問う。

 題名の「土」は「大都市圏の利便性を高めるために翻弄される地方、田舎のこと」という。記者がその名もなき小さな声を拾い、目を瞠(みは)ることが新聞の生き残る道だと勇気づけられた。(岩波書店2400円)
  
【写真/本「土の声を」】.jpg

posted by JCJ at 01:00 | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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