2023年09月06日

【リレー時評】シャングリラで考えた=藤森 研(JCJ代表委員)

 パキスタン北部のカラコルム山脈を6月、パキスタン人の友人一家とドライブ・ツアーした。
 目的地のフンザは、豊かな杏の里だった。インダス川上流の岩山地帯の中、別世界のように緑の果樹園が広々と斜面に開け、人家が点在している。長寿の村で、「シャングリラ(桃源郷)」と呼ばれる。
 「シャングリラ」の名の元となったジェイムズ・ヒルトンの冒険小説『失われた地平線』で、主人公が迷い込んだ谷は、平和の理想郷。その地の長老は「外の世界は戦争と破滅に向かうだろう」と予言する。第1次大戦が終わってからまだ15年、1993年に発表された小説だった。

 「シャングリラ」の名をとったシンガポールのホテルで今年6月、アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)が開かれた。参加した米中は会談もせず、批判を応酬した。無辜の市民を巻き込んだロシアとウクライナの戦争は、すでに1年半に及ぶ。90年後の世界は、長老の予言通り、まだこのありさまだ。
 ロシアの侵略では、「グローバルサウス」が注目された。旅の最中、パキスタン人の友人に水を向けたが、「ロシアにも米国にも問題がある」と言葉少なだった。
フンザを象徴する山は、標高7788bのラカポシ。夏も雪をまとって白く輝くその峰を、地元ではドゥマニ(真珠の首飾り)と呼ぶ。

 私は、戯曲「真珠の首飾り」を思い出した。ジェームス三木氏の脚本で青年劇場が1998年に初演。GHQの若手スタッフたちが、当時の人類の理想と英知を集めて、日本国憲法の原案を作る過程を描いた作品だ。各条文を103粒の真珠になぞらえた。
 しかし、パキスタンから2週間ぶりに日本に帰ってまず接したのは、「防衛装備品の輸出拡大へ」というニュースだった。日本は抑制的な姿勢を緩め、殺傷兵器も輸出可能にするという。親日的なパキスタンの友人はどう感じるかと瞬時、思った。

 憲法9条を持つ日本は、実際の政策で、専守防衛や非核3原則とともに、武器輸出3原則を打ち出した。事実上の武器禁輸で、日本は平和国家として「死の商人」にはならないという世界への宣言だった。
 それが安倍政権の下で防衛装備移転3原則に変えられ、今また改変されようとしている。専守防衛も、風前の灯だ。
 長く続いた日本の平和憲法体制は、怪しげな「中国の脅威」論が喧伝される中、岸田首相の「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」なる朝鮮戦争の歴史も忘れた寝言により、今、なし崩しにされようとしている。

 ナチス・ドイツの国家元帥ゲーリングは、こう言った。「もちろん、一般市民は戦争を望んでいない。簡単なことだ。外国から攻撃されていると説明するだけでいい。平和主義者は愛国心がなく、国家を危険にさらすと非難すればいいだけだ」
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年8月25日号

posted by JCJ at 02:00 | TrackBack(0) | <リレー時評> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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