2023年10月22日

四國 光『反戦平和の詩画人 四國五郎』―「辻詩」を書いた詩画人 父へ 長男が描く人間像=鈴木耕(編集者)

  まれびと(希人)という言葉がある。折口信夫(歌人・釈超空)の民俗学を知る上での重要な用語で、異界から訪れる霊的な人という意味だという。むろんその定義にはそぐわないけれど、この評伝に描かれた四國五郎こそは、類い希な人、という意味での真の「まれびと」だと思う。

 五郎は徴兵されソ満国境で敗戦を迎え、シベリアへと抑留される。五郎は手製の小さな手帳に克明に抑留生活をメモし、検閲の目を逃れて日本へ持ち帰る。帰国して最愛の弟・直登が原爆死したことを知る。痛恨の涙。
 絵と詩の才能に恵まれながら、専門教育を受けられなかった五郎の「反戦平和」の活動は、ここから凄まじいと言っていいほどの熱量で開始される。持ち帰ったメモをもとに、多くの絵を描く。『原爆詩集』の峠三吉との出会い、広島での反戦平和運動への傾注。それはまさに獅子奮迅の活躍といっていい。

 五郎の息子の光さんが哀惜と尊崇の念を込めて五郎の姿を描き出す。ことに「辻詩」という活動は、まるで時代を超えた手作りのSNS(ソーシャル・ネットワーク)のごとく、広島の街に巨大な火を灯す。手描きのポスターの絵に詩を書き入れ、官憲の目を逃れて街角に貼り出しては撤収する。途中で紛失することの多い、徒労ともいうべき活動だが、五郎は数百枚の辻詩を書いた。現存するものは数枚しかないが、著者は父への敬愛を込めて活動を描き出す。読み手の胸と目頭を熱くさせる文章。家庭で見せる静かで寡黙な、絵を描く父の後ろ姿。そして、哀切極まる晩年の…。
 繰り返すが、本書はそんな「まれびと」の、類い希なる評伝文学の傑作である。(藤原書店2700円) 
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posted by JCJ at 01:00 | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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