著者は、テレビ界の良心として知られるドキュメンタリーの名手である。ETV特集と『放送研究と調査』の論文をもとに14年かけて完成。今年の毎日出版文化賞に輝いた。
ラジオはこれまで心ならずも戦争への協力を強いられたとされてきた。わずかに残る原稿、録音、関係者の証言から、戦争を自ら煽った事実が次々に明らかになる。
盧溝橋事件の放送原稿を見てみる。放送では日中両軍の緊張を高めるよう、同盟通信が配信した原稿を書き替えていた。軍の方針を後押しする。これがニュースの編集方針だった。
1941年の九龍半島への攻撃を伝える録音が見つかった。砲弾が空気を切り裂いて飛ぶ。炸裂する轟音の中を逃げ惑う人たちの悲鳴が聞こえる。臨場感あふれる構成は戦争の悲惨を訴えるのではなく、中国民衆と対比し日本人の幸福を際立たせる創意工夫だった。
こんな逸話がある。米国で教育学を学んだ西本三十二は、1930年、大阪放送局(BK)での収録で、女性は非戦を体現する存在で、世界平和のために果たす役割は大きいと語った。検閲担当者は軍への侮辱だとして再考を求めた。BKは一計を案じる。検閲逃れのために大阪ではなく広島から発信することで、全国放送を実現した。当時はまだ裁量が残っていたのだ。その後、西本は放送に転じるが、教養・教育番組もすでに軍の宣伝の道具に変わりはててた。戦争にどう協力するか、これが当時の放送人の唯一のものさしだった。
今はどう違うのか。自身に突き付ける著者の問いは重い。(NHK放送文化研究所3600円)
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