2024年01月04日
23年読書回顧―私のいちおし 死者の身元解明に挑む学者の回想録=平野久美子(ノンフィクション作家)
「法人類学者」という職業をご存じだろうか。
彼らは、世界各地で頻発する紛争や,災害に遭って放置され、白骨化や腐敗した遺体、時には氷河が溶けて忽然と現れた前世紀の死者のもとへ駆けつけて、人種や年齢などを割り出し、生前の顔つきまで再現するプロフェッショナルだ。
スー・ブラック著「死体解剖有資格者 法人類学者が見た生と死の距離」(草思社) は、この道の世界的権威である英国の法人類学者スー・ブラック博士の、長年にわたる驚くべき体験の回想録であり、スコットランドのサルティア・ソサエティ賞のミステリー部門受賞作でもある。
門外漢の私がこの作品を手にしたのは、2020年に母がショートステイ先で異状死(治療中の疾病により病院で亡くなった以外の,すべての死をこう呼ぶ)扱いになったことと関係がある。人間は亡くなり方によって尊厳の扱いがこうも違う・・・。そのことを知った私は、2022年に自身の体験を踏まえて、異状死にまつわる本を出版した。死者にも人間としての尊厳があってほしい、という思いが、自分とブラック博士を引き合わせたと思っている。
読み進むうちに、強い使命感をもって地獄絵さながらのジェノサイドや災害地に赴き、「死者の尊厳」を回復する姿に同じ女性として心を打たれた。ブラック博士は粘り強く身元判明に努力し、死者に名前やアイデンティティーを取り戻し、遺体を遺族に引き渡す。人類学的見地から個人情報を抽出する法人類学者は、法医学者と違って医師ではないが、解剖の有資格者である。それが本書のタイトルになっているわけだ。
コソボ紛争で犠牲となった子供たちの調査の様子(第十章)は、パレスチナやウクライナで起きている非人道的な戦いを想起させるし、法人類学がどれほど重要な役割を果たしているかを教えてくれる。知ることの大切さと新しい地平を切り拓いてくれる本だ。
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