2024年01月09日
【リレー時評】撮影そのものが犯罪とされる恐れも=中村梧郎
この刑法名は変えなくてはならない。2023年7月に施行された「性的姿態撮影等処罰法」という刑法である。その略称が撮影罪だ。背景には「盗撮」激増という事態があった。スマホや極小カメラの普及によって盗撮は悪質化、検挙者数は2012年の2000人から2021年の4000人へと倍増した(テレビ東京230531)。盗撮行為はこれまで自治体の迷惑条例などによって規制されていたが、不充分だとして刑法上の犯罪へと切り替えられたのである。
法令の主旨は盗撮行為の処罰にある。しかしなぜか刑法名から「盗撮」が消され、「…撮影等」となった。長い名前だからメディアは “撮影罪”と略称するのであろう。
刑法は普通「窃盗罪」「詐欺罪」「殺人罪」というように犯罪名が法令名となる。であるならば「撮影罪」という呼称は、撮影すること自体が犯罪なのだ、という誤った理解を広げることになる。それは表現や報道の自由を奪うことにもつながりかねない。
写真は、汚職や犯罪、政界のスキャンダルなど事実を暴く力を具えている。当人らの許可を得ることなく秘かに撮影しなければならないケースも存在する。統一教会もBIGモーターもジャニーズ問題も社会問題化するまでに多くの情報が掘り起こされるという経緯があった。週刊誌にも数多の写真が掲載された。こうした写真の撮影は社会的な正義とみなされる。新刑法の問題は“盗撮罪”と名付けなかったことに隠されているのではないか。
盗撮に限定せず、撮影一般に網をかけておけば、条文をわずかに手直しするだけで、不法行為や裏取引などの隠し撮りも、人格権の侵害だ、撮影罪だとして撮影者を犯罪者にすることさえ可能だ。そんな危険をはらむのが「撮影罪」と称される刑法である。
戦前の軍機保護法は趣味の撮影も規制した。港に並ぶ船の話をするだけでも検挙された。北大生の宮沢が米人教師のH・レーンに根室空港の話をしたというだけで懲役15年とされ、病死した例もある。
2014年12月に施行された特定秘密保護法は、秘密の概念をあいまいにしているため、軍機保護法よりも広く網を掛けることが可能だという。それに加えて2007年にはGSOMIA(日米軍事情報保護一般協定)が締結されており、米軍基地を公道から撮影するだけで規制される事態となっている。
盗撮事件を好機とし、隠し撮りや撮影一般を規制してゆこうという意図が背後にあるのだとすれば重大である。
日本写真家協会は「“性的姿態撮影罪”の呼称についての(メディアへの)お願い」を出した。日本リアリズム写真集団も「撮影罪と呼ばれる罪名は変えよ」との声明を出している。刑法名は「盗撮等処罰法」とすべきなのだ。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年12月25日号
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