タイトルがいい。なにしろ「泣き虫」なのだ。チャーチルといえば第2次世界大戦のイギリスの英雄にして重厚な政治家で、更には文筆家としても「ノーベル文学賞」を受けたほどの人物。サブタイトルに「大英帝国を救った男の物語」とあるがこちらの方が従来のチャーチルのイメージだ。ところがそれを逆手にとって、英雄伝説を壊すことなく見事にやんちゃな「もうひとりのチャーチル」を現出させたのが本書である。
著者には何冊かの翻訳書があるが自身の著書としてはこれが初めてだという。とてもそうは思えない手練れの文章だ。さすがに長年、編集者として磨いた腕の見せどころ、素敵な本を書き上げた。
貴族の家に生まれたウィンストン君、少年のころから学校嫌いの泣き虫小僧。感極まると所かまわず泣きだしてしまう。その性格は政治家になっても変わらない。大の映画好きで自邸の映写室でヴィヴィアン・リーとローレンス・オリヴィエの『美女ありき』を観ては涙ぐんでいたという。これでもう英雄偉人のイメージが一変する。そんなエピソードを本書の最初に持ってくるところが編集者でもある著者の面目躍如。むろん、そんな激情型の性格だけでは、あの大戦の指導者たりえない。
ヒトラーを翻弄しスターリンと渡り合いルーズベルトを引きずり込む八面六臂の活躍、その手練手管も著者は余すところなく描く。エピソードの積み重ねで英雄の別の側面をまことに面白い読み物に仕上げてくれた。
(集英社インターナショナル、1800円)
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