中村哲医師は5年前、武装集団に襲われ亡くなった。その真相はいまだ深い闇だが、朝日新聞記者の著者は、独自取材で国際謀略ともいうべき事件の構造に迫る。
実行犯の中心はパキスタンの反政府武装勢力のメンバー。当時はアフガニスタン側に潜伏し、犯罪を請け負って金を稼いでいたが、その彼に中村さん襲撃を依頼したのは、パキスタン治安機関の密命を帯びた人物。背景には水を巡る隣国同士の確執があった。
中村医師はアフガニスタンを襲った大干ばつによる飢餓を救おうと、大規模灌漑に乗り出し、65万人の暮しを支える沃野を蘇らせた。灌漑の水は パキスタンを源としアフガニスタンを流れて再びパキスタンに下るクナール川から引いている。上流で水を分岐させる事業は、下流のパキスタンには水量減となる。
パキスタンは近年、地球温暖化による洪水と干ばつの甚大な被害を受けて、水の安定確保は最大の懸案となっていた。クナール川上流の“脅威” の除去を狙って中村医師襲撃は決行された。
事件の真相は、複雑な両国関係や政治的思惑で覆い隠されようとしていた。著者の調査報道は事件の深い闇を暴く世界的スクープだが、取材の困難さは想像に余りある。「ちまたに銃があふれるアフガニスタンで犯人を捜すことは、自分だけでなく助手やその家族を危険にさらすことでもあった」(本書)。
近年、マスコミ企業は危険地での取材を避ける傾向にあるが、本書に記された貴重な取材方法はぜひ学んでほしい。
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