日本テレビが昨年秋に放送した連続ドラマ「セクシー田中さん」の原作者である漫画家・芦原妃名子さんが、今年1月末に急死した。この「セクシー田中さん」問題を巡り、原作漫画を出版している小学館が、6月3日、86頁に及ぶ調査報告書を公表した。
★小学館:報告書の概要
その主な内容は、日テレからドラマ化の相談を受けた昨年6月当初から、芦原さんは小学館の担当編集者を通して、「必ず漫画に忠実に」することをドラマ化の条件として伝えていた。その後、原作にはないオリジナルとなる最後の第9、10話の脚本を巡って、日テレ側と食い違いがあった。結局2話は、芦原さん自らが脚本を執筆。
ところが放送終了後に、脚本家が、その経緯の「困惑」をSNSに投稿し、それに芦原さんがブログで反論。
こうした経緯の背景には、日テレが、芦原さんの意向を脚本家に伝え、原作者と脚本家との間を調整するという役割を果たしていない可能性があり、日テレ側が「原作者の意向を代弁した小学館の依頼を素直に受け入れなかったことが、第一の問題であるように思われる」と記した。
一方で、報告書は小学館側の非にも言及。企画打診から半年間でのドラマ化について、「芦原氏のように原作の世界観の共有を強く求める場合には、結果として期間十分とは言えなかったと思われる」と指摘し、かつメールと口頭で映像化は合意されたものの、その条件にあいまいな要素があったとした。
今後の指針として、版元作品の映像化の許諾を検討するに当たり、作家の意思や希望を確認し、その意向を第一に尊重した文書を作成し、映像制作者側と交渉するなどとした。さらに契約書締結の早期化や交渉窓口の一本化、危機管理体制の充実、専門窓口やサポート体制などの周知を挙げた。
★日本テレビ:報告書の概要
すでに日本テレビは5月31日に「セクシー田中さん」問題について、調査報告書を公表している。報告書によると、同局側は昨年6月までに小学館を通じ、ドラマ化に向けた芦原さんの意向を確認し、その意図を最終的にすべて取り入れたとしている。
しかし、芦原さんの意向や要望が、同局側には提案程度と理解され、脚本家にも伝わっていなかった。しかも同局側は芦原さんと直接面会せず、その後も意思疎通が不十分なまま、改変の許容範囲や撮影のやり直しなどを巡り、芦原さんが不信感を募らせ、脚本家にも否定的な印象を持つようになったという。
今後のドラマ制作について、報告書は制作側と原作者との直接の面談の必要性などを提言。連載中の作品のドラマ化では、最終回までの構成案を完成させ、オリジナル部分を明確にすることが望ましいなどとした。トラブル回避に向けては「原作者及び脚本家との間で可能な限り早期に契約を締結する」としている。
報告書に目を通した有識者からは、「日テレは当事者としての猛省がない」と批判されている。まず報告書が「本件原作者の死亡原因の究明については目的としていない」とし、「芦原さんの死に対する哀悼、およびこうした事態に至った経緯への反省が感じられない」などの声が挙がっている。
★欠ける著作者人格権の順守
さて両社の調査結果から見えてくるのは、原作の改変をめぐって、当初から原作者とドラマ制作側との間で、認識の違いが明確になったことである。
その背景には、ドラマの制作現場では、人手や制作費が少ない現状がある上に、オリジナル脚本によるドラマ化よりも、原作の評判にオンブして脚本・ドラマ化すれば視聴率が稼げるという計算である。こうした原作モノに頼りがちな映像メディアの事情に、さらに脚本家の意欲や野心なども絡んでくるから複雑になる。
また出版社側もテレビ・ドラマ化により販売部数が飛躍できるという、売り上げ効果を望む背景がある。どっちもどっちで、それぞれの思惑を秘めながら自分に都合のよい解釈が横行する。
原作者の意向や要望、はては著作者人格権まで踏みにじっていることすら気づかなくなる。日テレ報告書に対して「芦原さんの死に対する反省を第一に記すべきだった」と、識者から言われるのも無理はない。小学館の報告書には「芦原氏は独立した事業者であるから、小学館の庇護は必要としないかもしれない」という文言が記されている。
小学館も日テレも、芦原さん本人任せにして、著作者人格権が脅かされているにも関わらず、事態を見守る状態を続けてしまったのではないか。「小学館の社員個人はできるだけのことをしたと思うが、芦原さんが問題を一人で背負い込んでいなかったか、組織として守るために何かできなかったのか。そこに小学館の責任がある」と、影山貴彦(同志社女子大教授)さんは指摘している(「毎日新聞」6/3付)。
著作者人格権著作者の財産的利益ではなく人格的利益(精神的な利益)を守る趣旨で設けられている。勝手に著作物を公表や改変されないこと、著作物が著作者の名誉を害するような方法で使われないこと、著作者名の表示・非表示の権限を持つこと、などが著作者人格権にあたる。
2024年06月07日
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